神前神社「亀崎潮干祭」

 

 

神前神社

 

愛知県の知多半島の亀崎海浜緑地公園の近くにその神社はあります

 

毎年5月3日.4日

「亀崎潮干祭」が盛大に執り行われます。

 

この祭りは神前神社の祭礼で、その昔祭神である神武天皇東征の折、海からこの地に上陸したとの伝説に因み5輌の山車を潮干の浜へ曳き下ろしたことから言われています。

 

この祭りの起源は不明ですが、史料によると300年もの長きにわたって祭りの風格・伝統が受け継がれています。

山車は名工の手による文化の粋を集めて造られたもので、彫刻、幕、まさに伝統工芸が集約されています。

 

昭和34年の伊勢湾台風後の護岸整備により、出しの海浜曳き下ろしは永らく途絶えていましたが、平成5年神前神社前に人工海浜が完成し、昔ながらの勇壮なまつりが復活しました。

 

祭りにおける人手不足が全国的に叫ばれる中、潮干祭は古来からの強固な「組」組織によってしっかり守り続けられ、さらに亀崎の祭りびとの情熱によって年々盛んになっており、伝統である「女人禁制」も崩れることなく現在にいたっています。

 

 昭和41年に5輌の山車が愛知県有形民族文化財に指定されたのをきっかけに、亀崎では潮干祭の文化的、歴史的価値を再評価する流れが生まれ、破損や紛失等で永く途絶えていたからくり人形の修復や復元が各山車組で相次いでなされまた幕類や彫刻、その他の装飾品も盛んに修理されるなど、先人からうけついだ有形、無形の財産を大切に後世守り伝えていこうという意識が年々高まってきました。

 

こうした中、平成18年に念願であった国の重要無形民族文化財に指定されました。

 

 

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この潮干祭の舞台「神前(かみさき)神社」は、神倭磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)=神武天皇を祭神とする神社です。

 

社伝によると、東征の途中 伊勢の国から海を渡ってこの地に立ち寄った神武天皇を里人が小船に桟橋をかけて出迎えたことから、以来この地を「神崎(亀崎の地名の由来とされる)」・上陸地点を「天神岬(現在の洲の崎)と称し、その後同地に社を建てておまつりしたのが同社の起源とされ、この故事に因んだ秋の例祭「桟掛祭」が現在も執り行われています。

 

その後、慶長17(1612)年に風波の被害を受けにくい現在の地に鎮座されました。

 

境内には神武天皇が使用したとされる井戸が残っており、後にこの井戸の水に顔を映すと神武天皇にあやかれるとの信仰が拡がり、現在では子どもの健やかな成長を祈る「井戸のぞき」として親しまれています。

 

 

神前神社は明治18年に神社規則により「県社」に列格されました。

 

終戦後この制度は廃止されましたが、現在でも「県社」の名で広く親しまれ「子供の神様」として多くの信仰を集めています。

 

伝統を後世に守り伝える心、大切ですね。