日本の七十二候「鷹乃学習」(たかすなわちがくしゅうす)

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こんにちは。

八百万、目に見えないものまでにも「ありがとう」と思える和の心が、この星をいつも笑顔あふれる幸せな毎日にすると信じている葉室です。

今日は七十二候の「鷹乃学習」

鷹は何を学ぶのでしょうね。

 

日本の七十二候「鷹乃学習」(たかすなわちがくしゅうす)

鷹の幼鳥が、飛ぶことを学習するころ、つまり巣立ちの季節です。

タカの語源は「猛々しい」の「タケ」が「タカ」に転じたもの、といわれます。気難しくて、繊細な野生の鳥。

普通「鷹」といえば「大鷹」をさしました。

鷹狩りに使われる代表的な鷹で、古くから親しまれてきました。

でも、現在では、すっかり減ってしまい、絶滅を危惧する声も出ています。

 

「飛ぶ」イコール「獲物を捕る」!

つまり、生きるためのわざを習うのですね。

では、タカのエサ捕り学習が、なぜ人間の暦に登場するほど重要なのでしょう?

それは世界じゅうの王様の食卓を支えていたからです。

タカやワシなどの猛禽類は、鉄砲がない昔から カモやキジやハト、ウサギやタヌキまで調達してきました。

また『鷹狩り』は高貴な方たちのスポーツであり、日本では儀式のための獲物を捕るにも欠かせない存在でした。

鷹匠(たかじょう。タカを使って狩りをする人のこと)は、戦後まで宮内庁に所属していたのです。

古代、鷹狩りは「君主の猟」といわれ、誰もができたわけではありませんでした。

皇族や貴族高官の特権であり、また神事・儀式であったのです。

武士の時代になると武芸のひとつともされ、徳川時代は幕府のイベントで鶴を捕ったりもしました。

各大名の庇護を受けて、鷹狩りは粋を極めます。

「自由にできない能力」を扱う、それが権力者にとってのタカの魅力だったようです。

明治時代になると、「古技保存」として宮内庁の所属となりました。

 

伝統の火を消さない使命

鷹の仲間には渡りをするものもあり、秋には「鷹柱」が見られることもあります。

たくさんの鷹が柱を描くように、上昇気流に乗って舞い飛ぶのです。

一羽の鷹が大きな翼を広げて悠々と飛んでいるだけでも心が躍るのに、鷹柱を見れば、どんなに感激することでしょう。

現代の鷹匠さんは、伝統の火を消さない使命を担っています。

伝統技術は、一度とぎれると次に復活したときには形が変わってしまうことがほとんどだからなのですね。

日本にはいくつかの流派があり、後継者の教育やショーイベントを通して日本の誇るタカとの高い一体感の技を披露しています。繁殖や環境保護も手がけます。

(参考)
本;日本の旧暦と七十二候
tenki.jp

 

(旧文:2013.07.21再編)

 



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