八百万の神の国「日本」

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八百万の神の国「日本」

 

間口は広く排除しない。

すべてを受け入れる深い懐と太い芯。

古の日本人は天、海、大地、山など、荘厳な自然の中に神を見出していました。

四季折々の気象の変化や、天災を肌身近くに感じる機会が現代よりずっと多い暮らしの中で、この世の真実を見ていました。

 

 

人間の力など大自然の前ではなすすべもないほど小さいものだ、ということをよく知りわきまえ、神の力を認識していたのです。

そんな中でいのちが今日も無事に生かされていることを「有難い」、つまり「めったに有り得ないこと」、「奇跡的なことがおこっている」と捉えていました。

少々羨ましいのはそのような中では常に感謝の気持ちが生まれやすかっただろうこと。

私たちは未だ宇宙があること、またなぜいのちが生まれるのかすら実は解明もできていませんが、どういうわけかその不思議さをふだんはすっかり忘れています。

奇跡をまちのぞんでいるというのに、日常の忙しさの中で不思議さを覚えておくことが全くの苦手なのです。

そんな人間の愚かさに気づいていたのかどうか、自然の動き、すなわち神の動きを身近に感じる機会に恵まれていた昔の日本人は、出会うものとのご縁を大事にしながら日々の生活の中でいつも神の力を忘れずにいるために神さまの宿る場所をつくりました。

それが全国各地に広がる神社や依代です。

歴史を眺めれば、鎖国の時代はさておき、外から来るものを理由なく排除せず、好奇心を持って幅広く受け入れ、他にない独自の世界を構築した形跡が日本の文化や歴史に多く見受けられますが、それも土台となる精神に目に見えないものとの縁を大切にすることで学んだ懐の深さがあったからでしょう。

日本人は言われているように宗教をもたない民族では決してありません。

従来の宗教観をもってしては型にあてはめることができないだけです。

大きな視点、深い懐、排除しない太い芯をもつ、この世界観、これがいわば日本人の宗教観なのです。

 

私の大好きな広田千悦子さんのおはなし。

とても素敵なおはなしです。

「ありがとう」の日本のおはなし。

 

今日もいっぱい、いっぱい、ありがとうございます。

この星が笑顔あふれる楽しい毎日となりますように。

(旧文2013.08.27:再編)

 



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