大好きな屋台のお話。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

 

 

大好きな屋台のお話。

 

和の心 20140312

 

先日、学生時代の仲間と屋台で楽しんだ話で盛り上がりました。
でも、最近見ないよなって。
屋台っていつごろからあるのかな?
で、今日は屋台のお話。

屋台のはじまりは江戸。
夕暮れで赤く染まる下町にいろいろな屋台の暖簾をくぐる人の息吹や会話まで聞こえてくるかのよう。
そんな風景を思い描くたびに心はじんわりとゆるみ、あたりの美味しそうな匂いさえ漂ってくるようです。

江戸の人口は約百万人。
当時、世界的にみても都市としては最大級の人口でした。
しかも女に比べて男の割合が高かったことなどから、外食へのニーズも高く、天秤棒を担ぐ「振売(ふりうり)」や「屋台」があれよあれよという間に増えていったとか。

その結果、屋台では天ぷら屋、蕎麦屋、寿司屋を筆頭に驚くほどさまざまな種類の食べもの屋ができました。
その数、ピークには実に約六千軒(すごい!)。
一日の食事を自分で作ることなく生活できるスタイルができあがっていたのです。

庶民に手の届く値段のものが多かったため、老いも若きも買いものをし、子どもたちは寺子屋を終えたあとの道すがらで屋台でおやつをほおばる、なんて姿も見られました。

その時代の浮世絵などの風俗画で屋台の様子を見れば、どれも実に美味しそう。
特にできたてが一番美味しいものこそ屋台で食べてみたいのだけれど、天ぷらはその最たるもの。
活きのいい芝えびや貝柱に小麦粉の衣をつけてさっと揚げる。
それをひとつふたつ小腹にぱくっとほお張る場所があった江戸がちょっとうらやましい。

また、できあがりのものだけでなく、下ごしらえした食材が売られていたのが面白い。
たとえば細かく刻んだ野菜や皮をむいたくわいいなど、かゆいところに手が届くような売りもの。
いろいろな色の漬けものをうすーく切って、彩りよく経木に包んだものがちょっとしたお使いものなどに人気だったとか。

人の心を感じるからこそ生まれるアイデアと美しく盛るセンス。
そして、ありとあらゆる食べものをさっさとつまめる環境があった江戸の町。
日本人が繊細さを身につけた元をたどればそのひとつは江戸の食べもの屋に行き着くのではとさえ思えてきます。

(文:おうちで楽しむにほんの習わし・広田千悦子)

んー!タイムスリップして江戸の町の屋台で天ぷら食べたーい。
美味しそう。
楽しそう。
みんな笑ってる!

私の小さい頃、塾の帰りは、帰り道にある市場のお肉屋で揚げたてのコロッケ。
今の子たちは、コンビニでコロッケかな。

時代は止まってくれないですね。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

Translate »