スベスベ感、サラサラ感、しなやか感、あたたかみ

 

 

スベスベ感、サラサラ感、しなやか感、あたたかみ

 

和の心 20140316

 

 


かつての日本人は、ゆたかな自然が織りなすさまざまな表情から、独特の感性を磨き、自分のものにしてきました。
風が吹き、雨が多く、水に恵まれ、湿気の多いうるおいのある気候。
こうした自然から、人々は心身ともにさまざまな影響を受けてきたのです。

昨日の「肌ざわり」へのこだわりの要素には四つの特徴があると思います。

まずは、「スベスベ感」です。
たとえば、大工さんがカンナをスーッとかけて木肌をスベスベにするあの感覚。
または、カンナをかけてもらった後の、ツルツルとした木の表面のような感じ。
スベスベ感というのは、ゴツゴツ感の反対です。
雨が多くて、湿気の多い日本の風土とつながる湿潤な状態です。

二つ目は「サラサラ感」が挙げられるでしょう。
清流がのびやかに流れていくような状態です。
童謡の「春の小川」にも「春の小川はさらさらいくよ」という一説がありますが、まさにあのやわらかく、よどみない感覚です。

三つ目に、「しなやか感」です。
竹のような、蔦のツタのように、曲げても元に戻る復元力。
やわらかで、ある種の限界があるようにしても、伸び縮みが可能な状態。
固定的ではなく、寛容で、寛大で、何事も受け入れて行くしなやかさ、やわらかさ。
こうした状態は、日本的な美意識のきわみのひとつだと思います。

四つ目が「あたたかみ」です。
和には私たちをおだやかに和ませるような、あたたかみがあります。
このあたたかみがなくては、スベスベ感もサラサラ感もしなやか感も、ひとつの世界におさまりません。

私たち日本人は、感触としてあたたかみをさまざまなものに求めています。
たとえば、一枚の板にさえ、木目のあたたかみを求め、その味わいを一瞬たりとも見逃すということがありません。

寒い冬の朝に板の間を素足で歩いても、どこかあたたかみを感じるのですが、これがたとえば大理石の上を素足で歩いたとしたら、これはもうからだの芯から冷え切ってしまうでしょう。
また、陶芸の世界では、土がもつあたたかみはなによりも大切な表現であり味わいのひとつであると考えられています。

さらに言うならば、お酒をあたためるとき「人肌にあたためてください」などと言ったりもします。

こうした表現方法自体が、繊細で微妙な感覚です。
この四つの特徴が、日本的な肌ざわりの美的基準になっているのではなでしょうか。

(参考:禅のこころ 和のこころ・篠田暢之)