第二回中村翫雀さんに聞く、歌舞伎の楽しみ方

 

歌舞伎はダイナミックで
エンターテイメント豊かな娯楽である

明治時代の歌舞伎
明治政府の近代化政策の影響が歌舞伎にも

今西 時代とともに演目も演出も変化して、その時代の人たちがおもしろく観ることができる工夫をしてきた歌舞伎ですが、日本が明治から大正、昭和と大きく国家や社会が変化して、その影響は歌舞伎にもあったのですね。

翫雀さん まず江戸から明治になって西洋文化が入ってきた影響は大きいでしょう。歌舞伎の人気は高かったようですが、仇討ち・お家騒動・心中ものが「近代的じゃない」というと言われたようですね。歌舞伎の人気演目には盗賊・侠客・悪家老を扱ったものも多いし、西洋式の演劇とは相容れなかったのですね。

 

和の素敵 宙吊り今西 宙づりや早変わりなども西洋演劇にはないものですよね。

翫雀さん そうだね。それに物語の背景や人物設定も西洋演劇のような簡単明瞭なものじゃないしね。

今西 たとえばシェークスピアの戯曲でも人物設定や背景はわかりやすいし、そういうのが演劇の基本だっていう考えがあるのでしょうね。「近代劇の父」といわれるイプセンの戯曲が上演されていたのも、明治時代ですし、個人とか自我とかをテーマにした演劇からすると、歌舞伎は確かに前近代的ですけど、評価はべつのものでしょう。

 

 

 

そもそも西洋演劇と歌舞伎は劇の構造がまったく違う

今西 />シェークスピア劇のような演劇に親しんだ西洋人にはわかりにくいのでしょうね。歌舞伎は、物語の背景や人物設定にある程度の基礎知識がないとわかりにくいところがありますからね。

和の素敵 縁台

翫雀さん 「通し狂言」と言って、ひとつの狂言を序幕から大切(おおぎり)までの全幕、それに近い場割で上演するのならまだしも、ほとんどが有名な幕や象徴的な舞うだけを選んで演じる「見取り狂言」が歌舞伎の上演形式の基本です。

今西「見取り狂言」という形式はおもしろいですね。西洋劇にはない形です。

翫雀さん 歌舞伎は一日のうちに時代物と世話物、荒事と和事、それに所作事といったいろいろな分野を上演します。これらの各幕それぞれをまったく違う役者が演じるということはないから、これを知らない西洋劇に慣れ親しんだ観客は、何だこの配役は!?と混乱するでしょうね。

今西 たとえば、助六という粋でいなせな美男を演じていた役者が、別の幕では荒事の役もやったりしますからね。

翫雀さん こうした歌舞伎にとっては当たり前な設定は、西洋人はもちろん、洋行帰りの知識人にとっては奇妙奇天烈な展開にしか見えなかったのでしょう。

今西 歌舞伎は主役の役者が演出家も兼ねますよね。これも、脚本家・演出家・俳優の役割が明確に分担されている西洋演劇を見慣れた者たちには前近代的としか思えなかった。

翫雀さん そういうわけで、演劇改良運動と呼ばれる歌舞伎様式の改良運動が起こったです。これは明治政府の文明国の上流、中流階級が観劇するにふさわしい演劇の成立を目指す目論見とも重なり、政治家を巻き込んだ運動となった。

今西 和ものに比べて西洋的なものがすべて上だと思っていた人が少なくなかった。

翫雀さんその流れの中でその他にもいろんな新しい演劇も誕生しました。
歌舞伎も西洋風を取り入れた演目をつくったのだけど、成功しなかったようだね。

今西 いわゆる脚本重視の歌舞伎というやつですね。坪内逍遥の『桐一葉』なども演じられたとか。

翫雀さん 『桐一葉』は今でも演じられていますよ。すべてがダメだったというわけではなかったのですね。
でも、西洋風を取り入れるのはいいのかもしれないけど、基本の形っていうのがあるでしょう、歌舞伎には。そこで、明治の名優九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎が古典の型を整備しはじめ、埋もれていた古典を復活する動きも出てきて、従来の作品の見直しも行なわれたのですよ。

今西 今の歌舞伎に大きな影響を与えた役者も出てくるようになってきたのもこの頃からですね。上方で和事を大成させた初代中村鴈治郎や、昭和には六代目尾上菊五郎・初代中村吉右衛門、十五代目市村羽左衛門、二代目實川延若、三代目中村梅玉などがそうですね。

翫雀さん 明治から昭和の初めにかけていろんな動きがあったのは確かですね。新派や二代目市川猿之助の春秋座結成とか、四代目河原崎長十郎、三代目中村翫右衛門、六代目河原崎國太郎らによる前進座が設立されていくのです。

(次回、「戦後の歌舞伎」に続く)