知人のお嬢様が葵祭りの斎王代に、おめでとうございます。

 

 

知人のお嬢様が葵祭りの斎王代に、おめでとうございます。

 

 

和の心 20140415 葵祭 牛車

 



京都の三大祭りの一つ、5月15日に行われる「葵祭」
多くの方が訪れますが、葵祭のことどのくらい知っていらっしゃいますか?

葵祭りは、賀茂御祖神社と賀茂別雷神社の例祭で、陰暦四月の中の酉の日(現在5月15日)に行われ、石清水祭、春日祭と共に三勅祭の一つです。
古くは賀茂祭、また北の祭とも称せられ、平安時代の貴族間では、”まつり”といえば、この葵祭りを意味した。

葵祭りの名称は、葵桂の葉を供奉者の衣服、冠、御簾、社殿、牛車や牛馬にいたるまですべてに飾るところからつけられました。
また、この祭は平安時代以来国家的行事として行われたため、数少ない王朝風俗の優雅な伝統がしのばれます。
使用される葵はフタバアオイで、毎年両神社から御所に納められます。
  
葵の起源は、今から1400年前、欽明天皇(在位539~571)の頃に凶作が続いたため、賀茂皇大神の崇敬者であったト部伊吉若日子を勅使として、4月中酉の日に馬に鈴をつけ、人に猪頭をかぶらせてこれを走らせ、祭礼を行ったところ、風雨はやみ、五穀は豊にみのり国民も安泰になったといいます。
明治17年旧儀に再興され、祭日も5月15日と定められました。

葵祭りの祭儀は、3日の流鏑馬神事、5日の歩射神事、10日前後の斎王代 御禊の儀、12日の御蔭祭などの前儀をはじめ、祭当日の路頭の儀(8行列)、社頭の儀(両神社の神前での儀式)にいたる様々な儀式からなっています。
このうち、路頭の儀が最もよく知られており、行列は、市中を練り、賀茂御祖神社を経て賀茂別雷神社へと向かいます。
(京都市観光協会パンフより)

それでは「斎王代」とは?

斎王代とは、その名称が示すとおり、斎王に代わるもの。
斎王の代理なのです。
斎王は「いつきのひめみこ」ともいい、「斎」は「潔斎して神に仕えること」をいいます。
斎王はかつて伊勢神宮や賀茂の神社に奉仕した未婚の内親王、女王のこと。

平安の昔、賀茂祭ともいわれる葵祭が国の祭であったころ、賀茂の宮には斎王がおられ葵祭に奉仕しておられました。
斎王の住まわれる所を斎院といい、賀茂の斎院は現在の京都市上京区廬山寺通大宮の西北部にあったらしいが、祭の時には出御し、勅使の行列と一条大宮で合流する習いだったといいます。
この時の斎王の華やかな行列を見ようと、都の人々はこぞって集まったと伝えられています。

始まりは平安時代の初期。
810(弘仁元)年、嵯峨天皇は伊勢神宮の斎王にならって、賀茂の社にも斎王を置かれました。
この初代斎王、有智子内親王から鎌倉時代はじめの礼子内親王(後鳥羽院皇女)まで、約400年にわたって賀茂の斎王は続きましたが、後鳥羽院と鎌倉幕府との政変=承久の乱で途絶えてしまいました。
以後葵祭は勅使は出るものの、斎王が復活することはなかったといいます。

それを昭和28年に祭の復活後、行列を華やかに盛り上げるため、葵祭行列協賛会などの努力で、斎王代を中心にした女人列を加えて今日に至っているのです。
斎王代は民間の未婚の女性が選ばれることになっています。

「斎王代」、とてもすてきなお役目なんですね。