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No7 日本の伝統文化、麻の文化ついて探ってみたいと思います。

 

 

No7 日本の伝統文化、麻の文化ついて探ってみたいと思います。

 

なぜ大麻取締法が公布されたのか、ご存知ですか。

 

 

和の心 20140416 麻

 


日本において大麻というのは、身近で親しい素材であり、神聖で優秀な素材でした。
そうした良いイメージが180度ガラリと変わってしまったのは、1948年に大麻取締法が議決されてからです。

実は、それまでの日本では、大麻の栽培が国から奨励されていました。
米と麻は、10対1の割合で栽培するようにと、国から命じられていたのです。
信じられないことですね。
昔の日本では、米を10作るなら大麻を1作りなさいと、法律で命じられていたのです。

そうして栽培された大麻は、繊維として織物に、油として活用したり、食料や漢方薬として使ったり、さまざまに活用されていました。
戦前は、麻は日本の主要産物の一つだったんです。

この大麻を、戦後日本を統治していたアメリカが、GHQが突然1948年に大麻取締役法を押しつけてきました。
もちろん、この取締法に日本は抵抗しました。
麻は、日本の伝統文化と密接に結びついていましたし、便利で優秀な素材の一つなわけですから。
ところが、審議らしい審議もなく、大麻は健康に害がある、という一方的な理由だけで、この法律が可決されてしまいました。

どれだけ貧しい時代でも、麻薬で身を滅ぼした例もなく、縄文時代から大麻を生活に取り入れてきた日本人は、麻との付き合い方をよく知っていたのです。
自堕落に麻薬を吸うよりも、ずっと素晴らしい麻との付き合い方を、いくらでも知っていました。

それなのにGHQはなぜ?

麻があまりにも優秀だったからです。
麻は、油というエネルギーにもなり、繊維や縄、そのほかさまざまな道具にもなります。
石油と石油製品に取って代われる麻なのです。
だから、問答無用で、日本における麻の栽培や売買を禁止したのです。

特例として、種と茎と、そこからつくった製品だけは許可せれるようになりました。
当時の人々の懸命な主張により、例外事項として一部の麻の生産が認められています。
かろうじて細々と日本の伝統文化の保存につながっているのです。

現在麻の栽培面積は、日本全体で10ha程しかありません。
その中でも栃木県は9割近く、日本で最大の栽培面積をほこっています(栃木県の麻には、常習性などの薬効成分はありません)。

こんなに素晴らしい麻なのに・・・
みなさんで、できることから麻を広めていきましょう。

もっともっと詳しくは、「麻」でいろいろなサイトがありますよ。
すてきな品もいっぱい!

日本が再び麻でパワーを取り戻せる日が来ますように!