「おはぎ」は日本の KING of Sweetである

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吉祥妙さんに聞く、おはぎ道

 

たかが「おはぎ」、されど「おはぎ」

 

 おはぎは日本の四季、生活の中に自然に溶け込んでいる和菓子です。

 ところで、「おはぎ」は「ぼた餅」とも言われますが、その違いはご存じですか?

 

 

和の素敵 おはぎ

 

 

 「ぼた餅」と「おはぎ」をこう書くとどうでしょう?

 「牡丹餅」「お萩」。ピンときた方もいらっしゃるかもしれません。

 「ぼた餅」は牡丹の花が咲く季節、春の彼岸に神仏や先祖への供物とされた小豆あんの様子を、牡丹の花に見立てたことから「牡丹餅」、「おはぎ」は牡丹餅と同じく、小豆あんの様子を秋の彼岸の時期に咲く萩の花に見立てたことから「御萩」と呼ばれます。

 現代ではほとんど使われていないのですが、夏と冬にも正式な呼び名が存在します。

 夏は「夜船」と呼ばれていました。

 「ぼた餅」はもちと作り方が異なるため、ペッタン、ペッタンのような音を出さずに作ることができます。

 だから、隣に住む人にはいつ搗(つく)いたのかわからない。

 そこで、「搗き(つき)知らず」→「着き知らず」と言葉遊びをして、夜は暗くて船がいつ着いたのかわからないことからこう呼んだそうです。

 冬は「夜船」と同じように、「搗き知らず」→「月知らず」と言葉遊びをして、月を知らない、つまり月が見えないのは北側の窓だ、ということから「北窓」と呼ばれていました。

 

 

 現在は四季を通じ「おはぎ」とも「ぼた餅」と言われていますが、やはりおもにお彼岸(ひがん)の和菓子ですね。

 しかしなぜお彼岸に「おはぎ」 をいただくようになったのでしょうか?

 

和の素敵 おはぎ2

 

 これは江戸時代にさかのぼります。

 この時代には、お彼岸や四十九日の忌明けに食べる風習が定着したようです。

 あずきの赤色には、災難が身に降りかからないようにするおまじないの効果があると信じられていて、古くから邪気を払う食べ物としての信仰が先祖の供養と結びついたと言われています。

 また仏教では、彼岸は、彼の岸として悟りの境地を言い、苦しみに満ちている此岸と対になる言葉として使われています。

 そこで彼岸中は仏道修行に励む訳ですが、日本では祖霊崇拝の慣習を合わさり、「ぼた餅」や「おはぎ」を捧げ、先祖を慰め、自分自身の功徳を積んでいました。

 だから本当は、自分たちで食べるものではなかったんですね。

 「暑さも寒さも彼岸まで」と言われるように、春の彼岸は農作業が始まる時期で、秋の彼岸は収穫の時期にあたります。

 よって、春には収穫をもたらす山の神などを迎えるため「ぼた餅」を、秋には収穫を感謝して「おはぎ」を作ったとも言われています。

 

 

 「おはぎ」と「ぼた餅」の大きさや形にも特徴があります。

 「ぼた餅」は牡丹の花をかたどっているので、丸く大きく豪華に作って、「おはぎ」 は、秋の七草の萩の赤紫の花をかたどって小ぶりで長めに丸められて作られたと言われています。

 では、こし餡と粒あん、どっちが「ぼた餅」で「おはぎ」なのでしょうか。

 何となく「おはぎ」が高級っていうイメージからこし餡が「おはぎ」のように思うかも知れませんが、実は違うのです。その違いは餡の材料である小豆の収穫時期に関係があったのです。

 秋のお彼岸は小豆の収穫期とほぼ同じで、採れたての柔らかい小豆を餡にすることができます。

 柔らかい皮も一緒につぶして使うので、粒餡ができます。

 春のお彼岸に使う小豆は冬を越したものなので皮は固くなっています。

 固くなった皮をそのまま使うと食感が悪くなるので、皮を取り除いた小豆を使ったこし餡ができます。

 正解は、春の「ぼた餅」はこし餡で、秋の「おはぎ」は粒餡だったのです。

 でも、今では保存技術の発達や品種改良により、この理由は意味がなくなってしまいましたね。

 

 とはいうものの、春のお彼岸にはこし餡の「ぼたもちー牡丹餅」を、秋のお彼岸には粒あんの「おはぎー御萩」をいただきながら、日本の季節の風情を感じたいものです。



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