神社は、むかしは街のみんなが集まる楽しい場所でした

八万社以上ある神社の宮司様にお話を伺います

 

これからは、地域のコミュニティーセンターとしての神社

 

東日本大震災を経験した私たちには、自分自身のことや実生活、地域や社会、日本のことをあらためて考え、何かを見直してみようという契機を持つことができました。

そひとつに「絆」という言葉があります。

この言葉はいっとき激しくマスコミで無批判に流通していたからでしょうか、2年もたっていない今、それはすでに過去形で使うしかない言葉になってしまっています。

 

 

和の素敵 神社

 

 

それは、今の私たちを取り囲む状況を象徴しているように思えてなりません。

その時、かつて取材した神社さんのこと思い出しました。

ある種の重しのように地域の中に存在し、目に見えない求心力を、本来は神社が持っていたのでしょう。

それをつらつらと考えてみたいと思っています。

 

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某住宅関連企業からプレ・マーケティングの依頼で神社をヒアリングしたことがありました。

その企業は今まで住宅関係ばかりを対象としていたのですが、新しいマーケットを探すという目的です。

そのときは、学校や病院、寺院などもヒアリングしました。

住宅関連のマーケティングで神社をヒアリングするという突拍子もないお願いを2 社が受けてくださいました。

そのひとつが、上野にある下谷神社です。

もうひとつは、大阪の服部天満宮です。

まず下谷神社でのお話から書いていこうと思います。

下谷神社は天平2年(730)行基により下谷に神仏習合神社として正法院(現豊島区西巣鴨)と共に創建されました。

下町八社巡りの一社です。

伺ったときは外周の改装中でしたが、静かな雰囲気の神社でした。

その修繕費は約2000万円。

費用のすべては氏子からの寄付で賄えるとお聞きしました。

下谷神社は氏子とのつながりがとても深く、そのお話しだけでも、下谷神社が地域の中で大切にされ、地域の生活の中で重要な役割を果たしていることがうかがえます。

宮司の阿倍さんにいろいろとお話をうかがいました。

神社の仕組みや役職、経営など、私たちの知らないお話を聞かせていただきました。

そのお話の中に、昔のように、神社が地域の生活と繋がるコミュニケーションセンターとして機能できるか、そのヒントがあるように思えました。