「和の変」 里山をはげ山に! その1

「和の変」

 

 




じつは、日本の風景や習俗、歌謡、言葉・・・などには
「変なこと」や「変化したこと」がけっこうあります。
私たちが目にしたり聴いたりしているモノやコトのなかにある、
ふだんは気づかない「日本の変」をテーマにせまります。

 

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   里山をはげ山に! その1            (黒岩 直樹 記)
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 前回「お山の杉の子」ではスギについて書きました。

今回はその続編でタケについてです。

タケに関する歌謡はないかと考えたのですが、これだけポピュラーな植物なのに童謡も歌謡曲もとんと出てこない。

タケといえばかぐや姫なので、ネットで当ると「神田川」や「赤ちょうちん」が出るばかり。

それでもないかとしつこく調べると「かぐや姫」という童謡に当たった。

最近の歌かと思い歌手を調べると河本江利子。存知あげません。川田正子。

おお、知っている、「みかんの花咲く丘」! 戦後ではあるがかなり古い歌手。

「ベスト・オブ流行らなかった童謡」なのでしょうか?

聴いてみるとなかなかいい歌ですが、物語自体が浦島や桃太郎のように子供向けではないので、ポピュラーにならなかったのでしょう。

(浦島太郎にはラストに深い人生哲学が潜んでいるような気がしますが)

   竹やぶの 竹やぶの
   竹から生まれ出た
   月の雫のお姫様
   光輝くかぐや姫 かぐや姫
   (かぐや姫 作詞:竹内利栄子)


 樹木を食べるというとシカのようですが、果実ならばモモ・ブドウ・カキ・ナシ・リンゴ・ミカンなど、そのほとんどをヒトは食べます。

クリやヒマワリなら種子も食べる。桜餅なら葉も食べる。

タケは食べますか?

じつはパンダとヒトのみがタケを食べます。

葉と若芽と、その食する部位は違いますが。


 四月になると店先に筍が並びます。

大喜びで求めます。

ゆでた後人肌まで冷まし、皮を剥くときが至福のひととき。

たいへんエロチックです。

甘皮と先端部は汁の実に。

真ん中は炊き込みごはんに。

株元は豚バラのサイコロと醤油・味醂で炒めてたっぷり山椒の粉を振った「ごろごろ焼」に。ああ、たまらない。

もうニキビも出ないし。


 スーパーでは年中水煮のパックが売られています。

中国産がほとんどです。

味がないのと、保存料なんかが心配なので食べません(使用されていないとの説も)。

国産もありますが、値段が倍以上。

どんなからくりなんでしょうか?

天然と養殖の差、なんてことはないでしょう。

やはり採取や加工の際の人件費の差でしょうか。

旬のもの、といいます。

しゅん、と読みます。

じゅん、となると十日間のこと。

たけかんむりをつければ筍になります。

筍くらい、旬に食べればどうなんだ!

年がら年中筍を食うな!と春の楽しみを首を長くして待ち望んでいる私は毒づきたいのですが・・・

 

 中国産全盛とはいえ、春になるとやはり国産品の出番。

竹薮の近くを早朝散歩するのはやめましょう。

ドロボウとまちがわれます。

私がいつも徘徊する奈良県の矢田丘陵は地元民(だけ)の散歩道ですが、そのコースの一部に竹薮があり、春は所有者によって立入禁止の看板が立ちます。

“ハイカーは麓まで迂回してください”!・・・地元民は無視しますが、なれないハイカーはとまどっています。

レジャーで歩くだけで罪人気分を満喫できる不愉快な山道なのです。



 自宅の白壁の部分が淋しかったので、クロチクを数本買ってきて植えつけました。

白と黒のコントラストが映えて、とても気に入っていました。

5年も経つと、近辺からタケノコが出てきて、駆除が大変でした。

タケを植えるときは地下茎の蔓延を防ぐためブロックをまわりに埋め込むこと、という注意書きを読んだのはそのころです。

そんな、売るときにひとこと言ってくれれば、と思ったのですが、ホームセンターの植木コーナーの店員にそれを求めるのは酷でしょう。無知な当方が馬鹿でした。

手に負えなくなり、結局7、8年目に全部抜くことにしました。

端から根をひきずりだして剪定ばさみで少しずつ伐っていくのですが、無間地獄の様相を呈してきました。

なんとか追い詰めたのですが、その根は横幅1メートル、奥行50センチ、厚さ10センチほどのマット状に育っていました。

ミニユンボでもあれば一発なのですが、当方人力しかありません。

たったそれだけの面積ですが、駆除にのべ5日くらいかかりました。

スギナやカタバミも完全駆除には苦労させられますが、タケはその王者だといえるでしょう。


 「お山の杉の子」では、奥山といわず里山といわず、スギだらけになったことに憤りました。

でも、よくよく見ると、真黒な杉山の麓のかなりな部分が黄緑色におおわれています。

スギを駆ってタケが山麓から山腹へ這い登り、ついに山頂まで届きそうな勢いです。


 ・・・・こいつはいったいなにを言っているのか、スギでもタケでも山が緑でおおわれているのはいいことではないか、だれかそれで迷惑しているのか、不利益をこうむっているのか!ごもっともです。

緑化イコール善とすれば、スギ一色だろうが、タケ一色だろうが結構なことでしょう。

私もこの点で生活に困難が生じているわけではない。

スギ花粉症に悩む程度ですが、体質だといわれれば黙らざるをえない。

荒れた杉林や竹林にはほとんど生物がいない?

別に山から生き物が消え失せようが、人類がそれで餓死するわけではない!実生とちがい、植林されたスギには直根がないので、地面補足力が弱く、大雨が降れば下草もないので斜面が崩れ、スギの木もろとも下流を襲うといわれても、それがどうした、植えっ放しにした結果で自業自得ではないか。

いやならそんなところに居つかずに移住したらどうか。

ごもっともなことです。

自然保護の主張が通って、ここまで緑ゆたかな国土になったのに、なにを文句をいっているのか。

砂漠に生きる民の苦労を思え!なにが不満なのか!!


 じつは私にはこういう問いかけに反論する知見がまだ備わっていません。

日本の国土がスギとタケだらけになって、いったいなにが不都合なのか、根本的なところでまだわかっていません。

自然がみずからの意思で変化してゆく、自然のなかのちいさな一員にすぎない人間がそれをどうこうしうると考えるのはあまりにもおこがましい。

それなので、現在はただ、いやだなあ、というレベルであることを告白しておきます。これからもっと考えます。



 タケは草なのか木なのか?

どちらでもなく、竹であるというのが正解なのでしょう。

漢字の部首でも草や木と同じように活躍しています。

大陸でもタケを樹木の1種だとは認識していなかったのでしょう。

草冠や木偏には草や木の種類をあらわす漢字が多くあります。

芝や蓮や蘭、杉や松や椿などです。タケにはそんなに種類がないので(篠や笹くらいでしょうか)、竹冠の漢字には竹製品が多い。

筆、箱、笞(むち、皮製なら鞭)などです。


 日本人にとって竹は和のテイストがたっぷりです。

建築材料や身近な道具・楽器、和風庭園にも竹材料は欠かせません。

金属やプラスティックなど他の素材で代替されてどんどん使われなくなっていますが、趣味の世界ではまだまだ高級素材扱いです。

私の愛用パイプもステム(軸部分)は竹製です。これで「ダンヒル965」を毎日くゆらせています。


 和と竹は相性がよさそうなのですが、タケ自体は中国伝来のようです。

とくに孟宗竹(モウソウ)は江戸期に日本に移植されたことは確かなようです。

真竹(マダケ)は国産という説もありますが、舶来説もある。

いずれにせよモウソウよりは相当ふるくから日本に生えていました。

(私は動植物名については基本的にカタカナを用います。 「竹製品」などは漢字で表しています。)

マダケは川沿いなどに生えています。

山すそで猛威を振るっているのはモウソウです。

区別するのは難しい。

節にある筋が1本か2本かで見分けるようですが、電車の車窓からは識別不可能です。

根元も先端も同じ太さがマダケだそうですが、地面から見上げるとすべて先細に見えます。

私は山すそにはびこっているのがモウソウ、平地にあるのがマダケと適当に見分けていますが、別に区別する必要性がないので気にしません。

 

 モウソウはタケノコを採ります。

今食べているのはほとんどがモウソウのタケノコです。

マダケも食べられるようですが、私は長じてのち食べた記憶がありません。

淡竹(ハチク)はスーパーにもたまに出回るので経験ありです。あく抜き不要なのでいと便利です。


 タケは地下茎を伸ばして繁殖します。

開花、結実という手法をとりません。

繁殖でなく増殖でしょうか。

それでひとつの竹薮はすべてクローンということになります。

ちなみに絶対開花しないわけでもないようです。

ウドンゲは三千年に一度咲くといわれますが、タケもなかなかのものです。

マダケは100年程度で一斉開花するようです。

ソメイヨシノ同様クローンなのでひとつの竹藪が「一斉」開花するのです。

遺伝子が同じなので反乱分子はでません。

マダケは開花して結実すれば枯死するようです。

確かに近所の竹林が一斉に枯れてなくなった記憶があります。

開花したかは確認してません。

残念なことをしました。

なんせもう、30年以上前のことなので・・・

モウソウは67年目の開花確認がありますが、わずか2例のみで、国内どちらの孟宗さんがたも三百年以上花の咲かない浮世をおすごしのようです。

植物も動物も種の保存は本能で、植物は一定まで成長した時点から開花結実するのですが、モウソウのようなタケは個々の地上部が枯れても吹き出物のように新しい地上部を繰り出すので、生殖機能が低下したのか、あるいは退化してしまったのでしょうか。

 

 地震のときは竹藪に逃げ込め、とは昔から言い聞かされてきました。

それくらい竹藪は日本の里のどこにでもあったのでしょう。

ただし、この教訓はかならずしも正しくないようです。

たしかにタケは地下茎がマット状にはびこっており、地割れには耐えそうです。

ただ、地面に食い込む直根がないので、地滑りには弱そうです。

斜面では竹藪全体がずり落ちそうです。

平面の竹藪がご近所にあって、家が壊れるほどの揺れが来て、冷静に行動できる理性(はだしで竹藪に入らないこと!)をお持ちの方限定の教訓でしょう。


 中国産のタケノコが年中出回るようになって、国内の竹林所有主も徐々に管理を放棄しだしました。

以前は空堀を設けて地下茎の蔓延を防ぐなどの管理をしていました。

放置されると山すそのモウソウはおもむろに山腹を這い上がります。

地面さえつながっていれば根はどこへでも伸びます。

多少の重力差など気にならない。

他の植物のテリトリーを侵し、わが領土としてゆきます。

行政や「里山保存会」などが枯死させる薬剤を伐り株に注入していますが、竹藪全体が巨大なひとつの生命体なのでほとんど効果がありません。

ブルドーザなどの重機で根ごと掘り起こさない限り、竹藪駆除は不可能なようです。

安価な輸入品の跋扈、代替製品の出現で生産者が管理放棄するというのは、「お山の杉の子」で書いたスギと同じパターンです。

どちらも高度成長期(昭和後半期)のはなし。

経済原理にのっとったまでのことですが、将来世代に迷惑をかけることを想像できなかったいいかげんな日本人の歴史の一面です。

ただし前述したように、「迷惑」の定義ができていません。ス

ギもタケもいつも青々としていていいじゃないかといわれると返すことばにつまります。

京都府南山城の里山
「京都府南山城の里山。特産品はタケノコとお茶。
竹藪が這い上がって山頂まで達している。手前は茶畑。」

 タケが炭素を幹に固定するのは生長する数か月のみであって、光合成で生み出した養分は地下茎を通じてあらたなタケノコに供給します。

すなわち、繁殖面積を増やして空中の二酸化炭素を固定させるので、幹を太らせて固定させる木本植物に比べて土地の利用効率が悪いのではないか、などとも考えますが、それがどうした、文句があるか!といわれると、スミマセ