「和の変」 里山をはげ山に! その2 

「和の変」

 

 





じつは、日本の風景や習俗、歌謡、言葉・・・などには
「変なこと」や「変化したこと」がけっこうあります。
私たちが目にしたり聴いたりしているモノやコトのなかにある、
ふだんは気づかない「日本の変」をテーマにせまります。

 

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   里山をはげ山に! その2            (黒岩 直樹 記)
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私は大学で歴史を専攻し、就職後は学問とは縁遠いサラリーマン生活を送った人間です。

林業や環境には全くの素人です。

スギやタケが近所の山地を跋扈しているのが「なんだかいやだなあ」と考えるだけの男です。

素人なりの無謀な主張をします。誰も反論なんかしないでください。

主張: 「里山をはげ山に!」

 


 植生の遷移ということばを覚えていらっしゃる方はいないと思います。

中学の理科か高校の生物で習ったはずですが、ここで細かいことは書きません。

興味のある方はご自身で調べてください。

行程としては、裸地→一年草→多年草→先駆樹→陽樹(落葉樹)→陰樹(照葉樹)=極相(西日本の場合)となるのですが、攪乱(こうらん)作用がかならずあって、元へ戻ったり段階がまだらになったりします。

攪乱は雨・風・雷・火事・山崩れ・病虫害などの要因がありますが、ヒトもそのひとつです。

陰樹の芽生えを抜いて陽樹の雑木林を長年維持したり、スギ苗を一面に植樹するのも自然の遷移に対する攪乱作用でしょう。


 杉山も竹山も姓にあるくらいわが国ではポピュラーな風景なのですが、遷移によるものではなく、反自然的な人為攪乱の結果であることは明らかです。

せめてもの罪滅ぼしとしてわたしたちはこのゲームをリセットすべきだと考えます。

つまり、可能な限り山の木を伐り払ってしまうのです。

里山をはげ山にしてしまう。

そして自然の遷移にまかせる。

温帯モンスーン気候の日本のことです。

けっして砂漠にはならない。

5年もすればアカメガシワやマツの幼樹がかなり生えています。

コナラ林やタブ林を経て100年もすればシイ・カシの極相林になると思います。

実験していないので確実なことはいえませんが。

それでもモウソウがはびこるのなら、それはそれであきらめましょう。(極相林が永遠に安定、ではない。攪乱によって変化する。)


 山林所有者の理解・協力が不可欠ですが、それが取れない山は放置して、了解が出た山から手をつければよい。

一定のサイズ以上の木に課税するなどの行政の無理筋の豪腕も魅力的です。


 環境保護主義者への説明も必要でしょうが、さすがに21世紀の今日、1本たりとも伐採は許さぬというエコロジストは絶滅したと思います。

ただ、全部抜いてはげ山にする、それに莫大な税金を導入するとなると、まず賛同は得られますまいが。


 設備、資材の問題もあります。

東北の復興もこれからで、重機・人員ともに不足が叫ばれている今日、「罪滅ぼしのはげ山計画」などという公共事業に土木業者を動員することの是非(どちらも切実な問題だが、わが国では人道上の問題が優先されるきらいがある)。製材所も各地に新規に設置する必要があります。

チェーンソーやブルドーザー、パワーショベルも大量に必要になります。


 労働力は、若年失業者の雇用と老年パワーの自発的勤労奉仕でこれはなんとかなりそうです。

外人を連れてきて、というまでは逼迫していない。なんか、往年の米TVA*のようですね。

(*TVA:テネシー川流域開発公社)

 

 

伐り払った木はどうするのか。これも思いつきを書き並べてゆきます。
   1)チップにして道路舗装(歩道)に使う
   2)ペレットにして公共施設の暖房に使う
   3)木炭・薪自動車を復活させて公用車に使う
   4)余剰は燃やしてしまう(発電に利用も)

 3)は、笑われるのを承知で提唱していますが、本気です。

 

煙を吐きながら車両後部のドラム缶様にほり込まれた薪を燃やしてブスブスと走る戦時中の薪バスの写真を見た方は多いでしょう。

薪や炭というとSL(汽車)のような蒸気機関を想像しがちですが、ガソリン車と同じ内燃機関です。

エンジンに炭の不完全燃焼ガス(CO)を噴き込んで爆発させます、薪ならば水素ガスも混じってより馬力が出るようです。

ガソリンを断たれた戦前に開発されて走っていたのですが、戦後は当然すたれました。

始動の時間待ち、燃料交換の手間、馬力不足、排気処理などの欠点を克服すれば、そのエネルギー源は国内に無限にあります。

東京の大田区や東大阪の町工場の高い開発力をもってすれば、優秀な木炭エンジンなどすぐ作れる気がするのですが。

木炭・薪燃料はカセットにして装填・交換を簡単にする、戦前製品とは違ってできる限りコンピュータ制御にする、ガソリンと併用する、電池とのハイブリッドにするなど、メーカーや大学工学部の智恵を借りれば小生が講釈たれているよりずっと早い気がします。

税制で有利にすれば、民間にも売れると思います。車を田舎で下駄代わりに使う高齢者は、130㎞の速度や低燃費をかならずしも必要とはしていません。

だいいち、相手が木なら燃費なんてはなから気にならない。


 「お山の杉の子」では割箸問題に言及しました。

すこし舌足らずな点もありました。

中国産の割箸は、中国が諸外国から輸入したポプラ材などを使用しています。

ポプラは昭和時代は関西地区でも街路樹に利用されていましたが、やわらかくて折れやすいので今はみかけません。

当然建築材には使えません。

外食や弁当食が盛んになった日本の需要が大きいので安価な中国産が活躍したのですが、中国国内でも割箸使用が普及し、そのため原木の皆伐が目につきはじめて環境破壊の槍玉にあがったようです。

今もコンビニ弁当ではまだまだ中国産が活躍しているようです。

かりに国内で「はげ山化」を進行させれば、杉でも竹でも良質な箸の地産地消が可能になります。

家庭での使用ならば変色するまで1か月近くはもちます。

もちろん1回使い捨てでも罪にはなりません。

しかも1膳数円で購えます。

おろしたての杉箸なら家庭でも料亭気分が楽しめます。

再説しますが、奈良県の吉野地方では、ばあちゃんたちが国民の無理解をなげきながらも今日も手作業で杉や檜の箸(「天削げ〈てんそげ〉」などの高級品)を作っています。

 

 バイオマス資源利用を行政も口にはしますが、本音はより安価な石油やシェールガス、メタンハイドレート等の化石燃料です。

木材資源利用は、たとえ費用がかかっても、国土保全という観点から推進してゆくものです。

このまま放置すれば自然の植生遷移に戻らずに、50年、100年後の国土は荒廃するのではないか、その責任はすべて20世紀に生きていた日本人にあるのです。

やや意味不明な再生可能エネルギーがブームのようですが、木材もそもそも太陽エネルギーを取り込んだもので太陽光利用のひとつです。

しかもいくら燃やしてもカーボンニュートラルなので環境に負荷を与えません。


 昭和25年以来毎年続いている全国植樹祭ももうやめませんか。

会場設営のために邪魔な樹木をわざわざ伐採してるなんて、しゃれにもなりません。陛下、われらが国土はもはや焦土ではありませぬ。

 

(「里山をはげ山に!」完)