「日本的な美」とは。

 

 

とっても素敵なお話、みなさまにも。

 

日本的な美、日本らしいデザイン、とはなんだろう。

(ニッポンの老舗デザイン:BRUTUS Casa:2011年3月31日発行)

 

和の心 20140814 錫器1

 

省くこと、削ぎ落とすこと、清め尽くすこと。

用に奉仕し、内省的、暗示的であること。

それは反対方向に等質等量で存在する、飾り立て、詰め込んでという、

用を離れた、過剰なほどの明示的な豊麗さを尊しとする価値観と対になってこそ、

切れ味を増すあり方に違いない。

本書にまとめた連載「ニッポンの老舗のデザイン」でご紹介してきたのは、

一見して「削ぎ落とす」方の極みに寄っているようだが、

粋人が羽織裏に派手やかな柄を隠すように、

あるものははっきりと、あるものはひそかに、豊麗な色気を滲ませている。

 

和の心 20140814 結桶

 

いずれも飾って眺めるためのオブジェではない。

着物を着付け、髪を梳き、酒を温め、雨を除け、持ち物を収納し—と、

日常の用を満たすために作られた「道具」ばかり。

むろん現代の生活に沿うものだが、よくある「直感操作」や「お手入れフリー」で使い手を甘やかすのでなく、

使い方の習熟やこまめな手入れなど、ものと使い手の間にコール&レスポンスを重ねることでより良い関係を育てていくという、

「買ったら終わり」ではない複雑なつきあいが要求される。

ついでに言えば、「買う」にたどりつくまで、作り手との間でやりとりを重ね、

「作る」に参加することを求められる場合もあるかもしれない。

作り置きされた、限定的な選択肢の中から選ぶのではなく、

自分にとっての「これ」という、針の穴を通すようなストライクゾーンを見極め、

未だ存在しないものをこの世に生み出す共同作業。

 

和の心 20140814 和傘

 

買うにせよ使うにせよ、常に自分を問われ、怠惰や手抜きを許されない道具・作り手との抜き差しならない関係を、

面倒と思うか、胸を躍らせるか。

ただ受け身で愛でられるばかりでない、美しく手強い道具たちは、使い手を育て、鍛える。

やがてそれを使いこなすようになった時、記号的なブランドものを持つことで叶わない成熟が、

自らに備わったことに気がつくはずだ。

 

 

いかがですか。

使う自分。

あるものから選ぶのではなく。

自分が欲しいものを作ってもらう。

それも妥協なく。

今の世の中、物に満たされているけど

本当に欲しいものはない時代。

それは、本物がないから。

言い換えれば本物を求める時代になってきたということ。

和の素敵では本物をもとめるみなさまの橋掛かりができるようにと思っています。

そして、大切なことは、その物をいつまでも使うこと。

 

今日もありがとうございます。