国宝 仁科神明宮(長野県大町市)

 

 

先日、両親と念願の諏訪神社へご参拝に行ってきました。

あいにくの台風のおかげで、雨のなかのご参拝。

でも、雨もまたよしですね。

高齢の父は難儀してましたが。

 

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で、普通ならここで諏訪神社のことを書くのですが、書くつもりでいましたよ。

でも、翌日お参りした、仁科神明宮があまりにも素晴らしかったので、この神明宮の事を書きます。

 

なにが素晴らしいのか、それは全国に散在する鎮守の森の中で,この神明宮が国宝に指定されているからです。

この社殿が,「神明造り」としては日本最古のものだからです。

たしかに神社は日本の至る所にありますが,国宝指定を受けるような神社は,大抵は歴史的にも京都,奈良に集中しているものですね。

でも、この仁科神明宮は歴史的には注目されることのない信州の,しかも名も無き小さな集落の社です。

 

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もっとも,この種の神社は「式年遷宮」という建て替えがなされるのが常であり,この宮の最後のそれは,1636年というから,そう古いものではないのです。

この神明造の特徴は,屋根が「切妻」となっていて,入り口が妻側ではなく棟に平行する正面に設えてある点です。

「平入り」と呼ばれるこの入り口の位地は,天津神を祀る神社の入り口に用いられるのです。

これに対し「妻入り」は国津神を祀る神社で用いられると言われ,大社造と住吉造は,その妻入りです。

 

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仁科神明宮は、かつてこの地域一帯が伊勢の神宮の御領としての「仁科御厨」であったことから、御厨の鎮護のため祀られたお社とされています。

神社の創祀の年代は明らかではありませんが、建久三年(1192)の文書に「仁科の御厨は往古の建立也」とあることから、今を遡る、900年程前の平安時代の中頃の、御厨の設定の時期であろうと考えられています。

神明宮には永和二年(1376)の造営の時からの棟札が残されていますが、それによると、この地を治めた古族仁科氏が代々二十年に一度の式年造営を行ってきたことがわかります。

天正十年(1582)に仁科氏が滅んでからは松本藩主の祈願所として引き継がれ、仁科六十六郷の総社として人々の厚い崇拝を得、明治以降は地域の人々の崇敬の力によって今日に及んでいます。

 

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最後に、この写真、宮の入り口の杉の巨木。

境内ここかしこと巨木が密生しています。

高い杉木立に吸いこまれるように参拝してきました。

お近くにお越しの際には是非ともお寄りください。

心かた癒されます。