和の心 20141026 東福寺 砂紋

東福寺:本坊庭園75年前の姿復元 白砂荒波美しく

 

 

京都市東山区の東福寺で24日、近代禅宗庭園を代表する名勝・本坊庭園の75年前に完成した当初の姿が復元されました。

庭園を手がけた昭和初期の作庭家、重森三玲(みれい)(1896〜1975)の孫、重森千青(ちさを)さん(56)の指導で、枯れ山水の庭園に美しい砂紋がよみがえりました。

本坊庭園は1939年に完成。

「八相の庭」と呼ばれ、方丈の四方が庭で囲まれ、幾何学的な敷石や市松模様になった植え込みなど斬新なデザインで知られています。

最も広い南側の庭園は、巨石が並ぶ中に白砂で海の荒波が表現されていましたが、時間とともに当初の砂紋が失われ、自らも作庭家や庭園史家で活躍する千青さんが、残された写真や図面をもとに復元しました。

砂紋は11月初めまで見られるそうです。

(文:msnニュース)

 

それでは、枯山水って?

枯山水とは、水を用いずに、一般的には白砂で水面を表現する庭のことです。

庭に敷き詰められた白砂は水を表し、物理的な池や遣水は存在しません。

そして石を使って山を表現します。

いわゆる見立てです。

こうした抽象的な表現は、大乗仏教の流れを汲む禅寺に多くみられ、典型的な座敷から眺める観賞式です。

禅寺であるから、瞑想や座禅にふさわしく、阿弥陀堂のような煌びやかな華は求めません。

寝殿造り庭園や、浄土式庭園はまず水ありきであり、水を引ける場所に作られることがほとんどでしたが、この見立て形式であれば水源を確保出来ない場所であっても、庭園を造ることができます。

もともとは池泉庭園の一部にすぎませんでしたが、寺という場所に庭を作るにはこの形式は最も適していたのです。

 

条件的な都合だけではなく、水はなくとも、水のせせらぎを聞くように、自分の心と対話する場所としてもふさわしいものであったことも重要です。

この禅の思想は、後の茶道や華道など、日本独自の特殊な思想に引き継がれ、後に茶庭と呼ばれる茶室への露地のわび、さびなどで表現されるようになりました。

水を表現するために、箒目と呼ばれる流れを表現するための人工的な砂紋が描かれるのが特徴です。

実際に水はなくとも橋が架けられたものは、特にその下を水であると強調しています。

 

見たてであるから、必ずしも白砂が必要なわけではなく、龍吟庵の東庭のように赤砂を用いたもの、石だけで蓬莱神仙思想を表現した太山寺の安養院庭園なども枯山水と分類されます。

(参考:自宅の庭を憧れの和風庭園に!:http://www.thishouseismyhome.com/02/003.html)