本歌取り3 森村泰晶さんの不思議な作品

「たかがまね、されどまね」

M17

私が学校で「発想方法」について教えているときに、

必ず「本歌取り」を教えます。

額田王の歌を紀貫之が本歌取りした例をあげて話をしますが、

「本歌取り」とは、ようはパクリだと言います。

でも盗作とは言いません。模倣ともパロディーとも言いません。

パクリ、つまり「まねる」ことだと話をします。


この「まねる」を徹底した作家に森村泰晶さんがいます。

いろんな賞を受賞されていますが、

私的には「織部賞」の受賞が一番しっくりと来ましたね。


森村泰晶の作品は、たぶん一度は目にしたことがあると思います。

こんな作品です。

M14

彼は、彼自身がよく知られた西洋の名画や日本の浮世絵、

女優や事件の風景をまねて彼自身が作品になりきるという、

今までになかったユニークな表現で有名なアーティストです。

M3M1
森村泰昌は1980年代半ば、「誰も見た(した)ことがない」方法で「他人の作品のまね(引用)」を作品化し、美術界をあっと言わせました。


それがこの作品、有名な「耳切り事件」の後のゴッホの自画像を「まねた」ものです。

M9

絵の中のゴッホに森村さんがなりきり、

背景や衣装を再現したセットに収まって写真を撮っています。


この作品を見た人は、だれもが「ゴッホだ」と思うのですが、

本物そっくりな作品は本物とは違和感がある。

つまり、森村泰昌さんの解釈による、

森村泰昌にしかできない「ゴッホの自画像」になっているのです。


彼がいかにして作品を作っているのか、インタビューで知ることができました。

ご存じの方はわかると思いますが、

ゴッホのこの各品は特有のうねるような太い筆跡で描かれた油絵です。

森村泰晶さんはゴッホの元作品の特徴がぼわぼわとした帽子にあると見て、

作り方を徹底的に研究しました。

まずは粘土で作ってみたが、それだけではしっくり来なかったので、

ゴツゴツした感じを出すためにたくさんのクギを刺したといっています。

ただコピーをしてその中に自分が居座っているわけではなく、

その場面に流れる空気をいかにして再現するかを追究しているのです。


彼自身が作品に入り込むので、セルフポートレートと言える作品で、

ちょっと見るとパロディー、模倣と思えてしまいますが、

どうもそうではなく、単なるパロディー、模倣というワクからはみ出てくるものを感じます。

全体の「ゴッホらしさ」に対し強い違和感を放ち、

それも作品の解釈もまた作品となりうることを主張しているようにも見えます。


女優シリーズというのもあり、こんなのもあります。

M13M8

M12

M10
とにかく徹底して表面だけでなく絵画の内面をも模倣し、

名画の背景、美術的な意味、それらを奥深く分析し分解して、

その中に森村自身を埋め込んでいくと言う手法です。

言ってみれば、「美術のための美術」の一つの答えなのかも知れません。


「まねる」ことを徹底することで自分の世界を作る。

彼はこれを「まねぶ」という言葉で表現しています。

元歌の一節を取ってくる「本歌取り」ですが、同時に元の作品の世界観まで「取り」、

場合によれば本歌取りでつくった作品が、

元の作品への「オマージュ」と「批評」にもなってる「本歌取り」。

「本歌取り」の現代版といえそうな森村泰晶さんの作品です。