和の素敵 20141130 智

大阪の夢を担う顔 中村鴈治郎

 

先日、中村翫雀あらため中村鴈治郎襲名パーティーが盛大に行われました。

年明けの正月2日、四代目鴈治郎としての最初の舞台。

みなさん、一緒に盛り上げに行きませんか。

昼の部の始まる前に鏡開きもあるそうですよ。

 

亡くなったとき、新聞の「号外」の出る役者が果たしていま、いるだろうか。

戦前、そんな大スターが関西に存在した。

上方歌舞伎に燦然と輝く初代中村鴈治郎である。

立派な容姿、あふれる色香、自在な演技で戦前の関西劇壇に君臨。

あまりの人気に、「鴈治郎飴」まで発売されたという。

 

当時の大阪・道頓堀は、「道頓堀五座」といわれる芝居小屋が立ち並び、上方の豊穣な芸能文化が花開いていた。

「それはもう、出てきただけで舞台が明るくなるほどでした」。

船場に生まれ、幼い頃から上方の歌舞伎や文楽に親しんだ古典芸能の演出家、山田庄一さん(89)は振り返る。

その鴈治郎の名跡が、来年1月、10年ぶりによみがえる。

初代のひ孫、中村翫雀(かんじゃく)さん(55)が四代目として襲名するのだ。

今月、翫雀の名前での最後の舞台「伽羅先代萩」を東京の国立劇場で勤めてました。

役どころは、初代の子で、翫雀さんの祖父にあたる二代目鴈治郎が当たり役とした女形の敵役、八汐。

楽屋で鏡に向かって化粧していくと、そこには代々の鴈治郎の面影が現れた。

「鴈治郎といえば大阪の顔。私もそのようになれれば」。

大阪の夢を担う顔である。

大阪・ミナミを歩いていると、「鴈治郎はん」の“記憶”がふいに顔をのぞかせる。

「頬かむりの中に日本一の顔」

(文:産経WEST:http://www.sankei.com/west/news/141115/wst1411150012-n1.html)

 

初代から二代目、三代目と直系の子孫でありながら芸風が異なるのが鴈治郎家の特徴。

四代目の芸風をたのしみにしています。

楽しみにしてます、四代目鴈治郎!