一枚の着物から伝わる母の祈り

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人は、他の動物とちがって、なぜ衣服を着るのか。

これについては、暑さ寒さから体を守るため、身を飾るため、地位を誇示するため、などといろいろ言われています。

定説はまだないようですが、こうした用途が衣服にあることは間違いありません。

どこの国でも、衣服はそうした用途のために発展してきました。

 

これらの用途に加えて、日本の女性たちは、着物をコミュニケーションの手段として用いてきました。

日本の女性たちによる独創的な衣服の生かし方です。

 

たとえば、端切れに「明治何年何月何日、母だれだれから娘へ」とか、「嫁のだれだれへ」と墨で書いて、それを着物の衿の中に縫い込む。

だいじにしてきた着物ですが、この先、自分ではもう着れないだろうという着物です。

表から見たら、そうしたものが縫い込まれているとはわかりません。

そして、その着物を娘や嫁にわたすのです。

「もう私はこの着物は着ないから、あなたが持っていって、着てちょうだい。」と、贈る。

書きつけを縫いこんであることなどは、もちろん黙っています。

 

もらったほうは、母がだいじにしていた着物をもらって、うれしくないわけがありません。

その着物を着るたびに、母の大きくて温かな愛にすっぽりと包まれているように感じることでしょう。

 

かりに自分には似合わないと思っても、母が愛したものならば、母がいなくなってもだいじにしていきます。

そして、そろそろ洗い張りにでも出そうかと思って着物をほどいたときに、襟に縫い込まれた書きつけを見つけて、「ああ、お母さん」とあらためて母を偲ぶのです。

また、それを見た家族の者たちも、母の愛や家族のたいせつさなどに思いを寄せることでしょう。

 

母が残した一枚の着物によって、残された者に母の思いが伝わる。

「人は心がだいじなのよ」などと、母は声高に語るようなことはしなかったかもしれません。

しかし、人が幸せに生きていくために何がもっともだいじなのか、そのことを心に滲みこむように伝え、そのメッセージを受け取った者の気持ちをやさしくしてくれるのです。

 

 

一枚一枚、一つ一つ、昔の人はすべてのものを大切にしていました。

今はどうでしょうか・・・

大切にしていたものを子へ孫へ、愛をいっぱい詰め込んで子どもたちへ。

今はどうでしょうか・・・

昔を顧みて学び。

今、何をしていかなければならないのか。

今、何が大切なのか。

 



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