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忘年会は日本独特の文化。歴史を辿ってみよう。

忘年会は日本独特の文化。歴史を辿ってみよう。

2017年も終わりに近づき、そろそろ忘年会の準備や参加に慌ただしくされている方も多いのでは。日本で忘年会はお馴染みの恒例行事ですが、実は日本独特の文化であることをご存知でしょうか。意外と知らない忘年会の歴史を辿ってみましょう。

忘年会は、いつから存在しているの?

忘年会とは、読んで字のごとく、今年あった苦労は年内に忘れ、新年をすがすがしい気持ちで迎えるために行われる宴会です。宗教的な由来は特に存在しません。現代の人々には、すっかり浸透した行事となっていますが、そもそもいつ頃から行われるようになったのでしょうか。
時は鎌倉時代まで、さかのぼります。年末に『年忘れ』と呼ばれる会が行われたらしく、どうやらそれが起源と言われています。しかしこの会は、今の忘年会の趣旨とは異なり、貴族や武士などが連歌を読み合い、優雅に年末を過ごす厳かな会だったようです。
やがて江戸時代になり、忘年会は『庶民がその年の慰労に杯を交わし、お祭り騒ぎをする』という風習へ変化していったようです。一方、武士階級は年末の忘年会を行わず、年始に『新年会』を開き、階級の差を示していたとも言われています。
忘年会が年末の恒例行事として本格的に広がり始めたのは、明治時代以降です。当時は主に官僚や学生を中心に行われていたようです。官僚は冬のボーナスが出たついでに、みんなでパーっと飲もうという流れから、学生は年初めに帰郷する者が多いので、みんなで集まれる年末に宴会をしようという理由から始まり、忘年会が定着していったようです。
また、「忘年会」という言葉が文学作品の中で登場したのは、明治後期に夏目漱石が書いた「我輩は猫である」です。この作品の文中では特に注釈もなく「忘年会」というワードが使用されていることから、この頃、既に忘年会が定着していたことがわかります。
昭和時代になると、企業で忘年会が開催されることが多くなりました。戦後に人気だったのが、温泉地で行う忘年会旅行、ホテル宴会やお座敷宴会など大規模なものだったようです。それまで男性が中心だった忘年会ですが、70年代半ば頃からは、女性の社会進出が増え、女性が積極的に忘年会に参加するようになり、現在の忘年会のスタイルが確立されていきました。

知っていますか?無礼講の意味

忘年会でよく聞く「今日は無礼講でいこう!」…この言葉の本当の意味を理解できていますか?
忘年会は、上司や仲間とお酒を酌み交わしながら一年を振り返る貴重な機会です。せっかくの機会なのにちょっとした振る舞いや態度で、わだかまりを残すことは避けたいですよね。無礼講には最低限のマナーがあります。無礼講とは何かを考えてみましょう。
まず、無礼講とはいつから存在したのでしょうか。それは、鎌倉時代に後醍醐天皇が、宴会の際、席の指定をなくし、身分や立場の違いを超えて自由にお酌をすることを許すと提案したことがルーツだそうです。つまり「無礼講」の元々の意味は、「本来座席を立ってはならない参加者が席を立ち、酌をすること」。
現代の会社の宴会や接待において、席を立ち挨拶代わりにお酒を注いで回る光景はよく目にしますよね。それこそが本来の無礼講の意味なのです。よく考えると、断りもなく上の座席ににじり寄ることは、まさに無礼そのものです。だから「無礼講」と呼ばれるわけです。
つまり「今日は無礼講でいこう」と言われたからと言って、それは「どんな無礼も許される」わけではないので注意してください。間違っても上司にため口を使う、会社の愚痴を言うなんてことがないように。
大切なのは、自分の立場をわきまえ、社会人としてある程度の理性を持ち行動することです。

まとめ

忘年会の由来や無礼講の意味についてお話しました。改めて見ると意外と歴史があり、ちゃんと意味も込められていることが分かりますね。宴会でのちょっとした話のネタにしてみてはいかがでしょうか。
今年も残すところあと少しとなりました。すっきりとした気持ちで新年を迎えるためにも、ぜひ素敵な忘年会をお過ごしくださいね。

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