日本の文化の歴史について理解を深めよう

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日本の文化の歴史について理解を深めよう
日本に住んでいても、この国についてよくわからないことだらけです。
小さな島国ですが、多文化とも言われていますよね。
海を越えてやって来た文化もあれば、地域ごとに伝わる日本の文化の歴史も多く存在しています。

様々な風習や文化がありますが、どんなところに和を感じますか?
なんとなく知っていることも、興味を持つことでルーツについて考えてみたくなります。

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歌舞伎も日本の文化

日本の文化といえば、歴史が古い伝統芸能を一番に想像した人もいるのではないでしょうか。
しかし、古い歴史の中でも途中から、しきたりやルールが変更になることもあったそうです。

男性のみが受け継ぐことができ、世界に日本の伝統を披露することでも有名の歌舞伎は、古い歴史を辿ると女性が披露していた踊りだったという話があります。
女性が踊っていた「かぶき踊り」は歌舞伎の語源になったと言われていました。

京都の東山区にある南座は、出雲阿国という女性の一座が踊った場所とされていて記念碑が立っています。

秩序が乱れるとのことで幕府が禁止をしてから、成人男性のみが踊れるようになったのが江戸時代の1630年前後です。
古くから歴史がある歌舞伎にも、山あり谷ありの時代があったことが見えてきますね。

取り入れた文化から新しいスタイル

平安時代から江戸時代に猿楽と呼ばれていた能も、次の世代へと引き継がれ現在も親しまれています。

中国から受け継いだ文化を独自の捉え方と表現によって、日本の文化としての歴史を刻んでいるというのも、一つの特徴ではないでしょうか。

和の心を詠む和歌も、漢詩と対比したものとして言い伝えられてきました。
和歌は貴族がたしなむ教養として人気があり、時代の流れと共に自分の気持ちを歌にして、相手に贈るものとなっていったのです。

明治以降は31文字で綴られた歌を、短歌と呼ばれるようになりました。
想いを歌に乗せるという手法は、和の心らしさが伝わりますね。

毎日暮らす和室の心地よさ

日本には、畳と障子を用いた和室があります。

畳は独特の匂いがして、どこかホッとさせてくれる気がしますよね。
カーテンがなかった時代から、外の日差しが眩しくないように柔らかな光を取り入れてくれる障子。
最近の間取りには見掛けなくなった床の間も、昔の和室には欠かせないものでした。

和室の良さは、なんといっても多目的であるということ。
ゆったりとした空間から、茶室としても客間としても利用できる良さがあります。

畳と障子の歴史文化

平安時代から畳は、部分的に敷かれるようになったと言われています。
現在のように、畳が敷き詰められた和室が見られるようになったのは、鎌倉時代から室町時代の間。
これが今の和室の始まりだと知るだけで、歴史上の人物との繋がりがあるような気がしてワクワクしますね。

障子も畳と同様に、平安時代から襖の一つでした。
窓枠に和紙を張り付けることで、開けなくても外の光を部屋の中に取り入れることが出来るので、明障子と呼ばれています。
和紙は光を通すだけでなく、通気性もよく丈夫なところが優れていますよね。
この良さを十分に活かすことが出来る障子紙へと、使われるようになったのです。

高温多湿である、日本の特徴を活かした作りとも言われている和室。

ここに、昔ながらの知恵と技術が込められていることが伝わります。
自然の素材から作り上げた部屋には、日本の文化の歴史を感じるでしょう。

日本の文化の歴史は、知れば知る程に面白いことがあります。
今に繋がるものがわかると、関連しているものにも興味が湧きますよね。

和の文化は、海外の人から見ると珍しく独特な世界観を感じることが多いと言いますが、日本に住んでいる私達よりも、興味を抱いて知っていこうとする姿勢が見られます。

あなたの身近な「和」について、興味を持ってみませんか?
そこから日本の良さを、改めて感じ取っていただけたら幸いです。

 

 

日本の文化を本で学ぶ方法について

「世界に比類なき日本文化」

日本文化とスペイン文化との違いに焦点を当てた映画「天馬」のテイザームービーが公開!!



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