日本語の「みち」

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こんにちは。

八百万、目に見えないものまでにも「ありがとう」と思える和の心が、この星がいつも笑顔あふれる幸せな毎日を送れると思っている葉室です。

今日は「みち」のお話し。

とっても難しい本に書いてありましたが、みなさんと共感したくて。

 

日本語の「みち」には、”道、路、途、径、廸、倫、塗、行”などが当てられます。

「道」と用いる場合は精神的な道に理解されます。

「神道、仏道、儒道、医道、学道、王道、武士道」などと用いられ、芸術的な分野にも「茶道、華道、書道」などと用いられています。

元来日本語の「みち」といかなる関わりがあるのかといえば、次のようになります。

この「みち」は「み」と「ち」の二語に分けられます。

「み」は接頭語で美称「御(み)」にあたるので、「ち」が最も大切な言葉になります。

それを”記、紀、万葉”などからしらべると、「血、鉤、茅、苔、乳、地、道、霊、魂」などと用いられます。

霊や魂を「ち」と呼ぶ例に「くくぬち(木の神)」があり「かぐつち(火の神)」があります。

また、「いかつち(雷神)」「おろち(大蛇)」があります。

また「いのち」の用法があり、その場合の「ち」は”血(ち)”にあるとみます。

つまるところ「ち」は生命力を言い表し、それから転じて「育て養う」の意味を持ちます。

それがあるゆえに「乳」は、母が幼子を養うものであることにおいて、日本語の「みち」は「日本の道(日本の原則)」を言い現わす言葉であって「育て、与え、みちびく」の意があります。

さらにこれを教育の場で用いる場合「教える側と学ぶ側の一心同体の関係を重んじる」を「みち」ある教育ということになります(「時代別・国語大辞典・上代編」三省堂刊)

そうなると、日本の海外援助は、この「育てる、与える、みちびく」の行為が”一心同体(連帯と協調=鈴木首相の言葉)でなければならないとされているので「貴国流(貴宗教流)の原則によるのでなく、日本流の原則に従って、積極的に学びとってほしい」と要求すべきです。

それがまた、彼等の原則たる「公平、平等、犠牲」の原則とも一致するからです。

 

男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」

またこのような”原則”が崇高な形で実現することを「むすび」というのであって、漢字に当てて「産霊(むすび)」(日本書紀)と記するのです。

男の子を「むすこ」といい、女の子を「むすめ」と呼ぶ日本語は、この産霊の神秘を称えた崇高な表現です。

また日本の国家「君が代」の歌詞にある「苔のむすまで」もまた、生命の神秘的な作用(はたらき)について讃美した表現であって、深慮なる”日本哲学”の秘められた言葉です。

これらの日本は、この「みち」の原理に立って、国際外交を展開するばかりでなく、国内政策にも、この「みち」の原理を照らしてほしいです。

それが「世界平和」をもたらす鍵となるからです。

世界はもっと寛容でなければならないし、また相互に”忍耐”を必要とします。

この「大調和」の思想こそ、世界平和の基本思想でなければなりません。

また、漢字の「道」には、日本語の「まっすぐ」の意があります。

この「まっすぐ」とは「真直ぐ」としか書けませんが、これこそ”公平・公正”の意の日本語ではないでしょうか。

ここのおいて「まっすぐなみち」を掲げ、また人生観の哲理の解明に用いるなら、混乱は快刀乱舞の如く解決するはずである。

 

「日本の黎明」という本

この本は昭和57年9月に書かれた「日本の黎明」という本です。(文ごとの最後は現代風に書きなおしました)

35年程前に書かれた本ですね。

この35年でどれだけ素晴らしい日本、世界になったのでしょうか。

もしかしたら困ったことになってないでしょうか。

今、修正出来ないと二度と戻れないところに行ってしまいそうです。

文明の世の中にいるのではなく、文化を心を大切にする時代に変わらなければ。

一心同体になって寛容になっていかなければ。

少しづつからでいいです、同じ思いを持つ人たちが増えていきますように。

 

今日もありがとうございます。

 



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