人生、「勝った」「負けた」ではい。

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こんにちは。

 

気持ちのいい秋晴れの日曜日。

どこかで運動会の子供たちの応援の声。

もちろん、お母さんも朝早くからお弁当作り、お父さんは場所とり。

朝から大変ですが子供たちの一生懸命の姿に一喜一憂しながら楽しい一日をすごします。

最近の運動会では一等賞がないとか。

みんな一緒だとか。

運動会だけではないですが、人生においても本当に大切なのはなんでしょうか。

一生懸命することではないでしょうか。

一生懸命しているから「ありがとう」っていっぱい思えるのかも。

今日は曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明さまのご本「禅、比べない生活」より。

 

現代社会は競争社会

 

現代社会が競争社会であること、しかも、競争がどんどん熾烈になっていることに異を唱える人はいないでしょう。

それどころか、みなさん、日々そのことを強く実感しながら生きているのだと思います。

競争原理では勝ちが「正」、負けは「悪」です。

ですから、勝つことにがむしゃらになる。

勝つためにはどんなことでもする、という流れに人を巻き込まずにはいられません。

それが悩みや苦しみを生む大きな原因になるのです。

負ければ、自信を失ったり、自己嫌悪に陥ったり、卑屈になったり。

そして、勝ったとしても、いつまでも勝ち続けられる保証などないわけですから、負け組に転落することへの怖れや不安から逃れられないのです。

 

結果自然成(けっかじねんになる)

 

競争の決着は「結果」でつきます。

しかし、禅では「結果」を重んじません。

大事なのは結果が出るまでの瞬間、瞬間をどれだけ大事にしたかです。

目を向けるべきは「プロセス」です。

「結果」だけに目を向けている限り、比較や競争の苦しみから抜け出すことはできません。

競争は比較の中にあらず、自己の中にあり。

比べる相手を「他人」から「自分」にシフトしていくのが、禅的な「比べない生活のコツ」です。

「結果」だけを重視して、その過程における自分の頑張りを否定してしまってはいけません。

「結果」だけを追い求める生き方は、「自分」を大事にしない生き方につながります。

禅に「結果自然成(けっかじねんになる)」という言葉があります。

いい結果が出ないのは、努力が足りないわけではありません。

努力をしてもいい結果が出ないときもあります。

結果というのは「自然」に出てくるものであって、コントロールできるものではない、というのがこの禅語の意味です。

であるからこそ、「結果」ではなく、目を向けるべきは「プロセス」です。

人事を尽くして天命を待つ、という姿勢でいることが、「比べない生活」を送るためには大切なのです。

誰かに「った」「負けた」で右往左往する人生から、自分らしく生きる人生へ今日から少しずつシフトしていきませんか。

 

ありがとうございます。

 

運動会で一等賞の子に拍手、でも、遅かろうが転んでしまおうが一生懸命に最後まで走った子にはみんなが一番大きな拍手。

一生懸命行うことが大切と知っていながら、何より結果を望んで何でもありになってしまう。

そういうのって疲れますよね。

結果を望むって自分の満足だけかもしれません。

でも、一生懸命行っている時は、自分だけでなく相手のことも考えてどうすれば喜んでもらえるかなと真剣に考えているのでは。

そんな時は楽しくないですか。

この世の中のみんなが、そんな思いで目の前で起こっていることを一生懸命に行っていったら、どれだけ素晴らしいことか。

それを受けた人はみな、「ありがとう」ってとっても嬉しい顔でお礼を。

「ありがとう」がいっぱいにあふれます。

政治家のように勝つことだけを考えていたってだめ。

相手をいっぱいいっぱい思いやるからこそ、一人になっても一生懸命行う。

とても大切なことと思います。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

現代社会に疲れたら浄住寺にお越しください。

浄住寺では「勝ち」「負け」はありませんから、お庭を見ながら私と一緒にのんびりお話ししましょう。

嫌なことを忘れて。

 



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