何故?畳のへりをふんではいけないの。

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(浄住寺の方丈、伊達綱村の幼少期の江戸屋敷が移築さた上げの間です)

 

こんにちは。

 

日本の家屋からなくなってきた床の間、そして、畳の部屋もなくなってきましたね。

私は畳の部屋で「ごろん」ってしてるのが大好き。

ベットよりも畳にお布団ひいて「ごろん」って寝るのが大好き。

という我が家には畳の部屋がないので、旅館に行くとうれしくなります。

中国伝来のものが多いなか、畳は日本で生まれた敷物です。

草わらで織った敷物を座布団のように使っていたのが始まり。

縁をかがるなどの技術が加わり、現在の形になりました。

今日も、坂東眞理子さん監修の「礼儀作法としきたり」より畳とへりを楽しみましょう。

 

畳はたためる敷物だった

 

はもともと、たたむことのできる薄い敷物のことで、語源は「たたむ」「たたまる」に由来しています。

持ち運びも簡単なもので、必要なときだけ敷いて使った座具・寝具のようなものでした。

そのため、畳の大きさは人の体の寸法に合わせて作られていました。

「起きて半畳、寝て一畳」などといわれるように、畳一畳は人が寝たときの大きさ、畳半畳は人が座ったときの大きさになっています。

つまり、人が座った寸法、寝た寸法が日本家屋の部屋の広さの単位の基準になっています。

 

畳のヘリを踏まない理由

 

昔から「畳のヘリを踏んではいけない」といわれていますが、これにはさまざまな意味合いがあります。

平安時代、は大変な高級品でした。

この時代、畳のヘリの布地に貴重な絹や麻が使われていましたが、染色技術が乏しく長持ちしなかったため、へりをたいせつに扱う習慣ができました。

のちに武家や商家の間では、畳のヘリに家紋を入れることも多く、それを踏むことはご先祖様を踏むことと同じでした。

また、畳のへりはあの世とこの世の境界であると考えられたといわれています。

 


(浄住寺の方丈から中庭を)

 

見直されつつある畳の部屋

 

畳に使われるイグサは、古来、薬草として使われていました。

平安時代に書かれた日本最古の植物辞典や医学辞典などの書物にも記載されています。

江戸時代になると、イグサは医学者だけでなく庶民の間でも薬草として広く知られていました。

乳幼児の夜泣きには「イグサを黒焼きにして細末にし、これを乳首に塗って乳幼児に飲ませると効果がある」とこの時代の書物に記されています。

また、イグサをせんじて飲めば炎症や水腫に効き、灰を飲めば喉の疾患をやわらげる、眠りが浅い不眠症にも効果があると記されています。

畳の大きさは「三尺六尺」(91cm×182cm)が基本ですが、現代では大きく分けて京間・中京間・江戸間・団地間の四種類があります。

京都を中心に敷かれる畳が最も大きく、江戸へ近づくほど小さくなるのは、江戸時代に畳一枚につき税が定められ、より多くの税を得るための国側の思惑があったようです。

 

ありがとうございます。

 

中国産いぐさの輸入や和室の減少により平成元年に約5800軒あったいぐさ農家さんが平成28年では約480軒にまで減ってしまいました。

このままだと日本のいぐさが消えてしまい畳文化もなくなってしまいます。

 

いぐさは昔、薬になったように現代でも驚くべき機能性があります。

それは二酸化窒素やシックハウスの原因とされる化学物質を吸着することや、いぐさの香りには鎮静効果があること、水虫の原因となる白癬菌に対して予防効果があるなど、人にやさしい安全なものです。

 

 

昔の人は現代のような研究結果をもとにいぐさなどを使っていたわけではなく、たぶん、人間本能が持つ嗅覚によって素晴らしいものを選んでいたのではないでしょうか。

その素晴らしき文化がこの70年ほどで大きく変わろうとしています。

コストが安いから、大量に作れるから、それを否定はしません。

でも、本当に大切なものはなにか。

それをしっかりと考えるときがきているのではないでしょうか。

それは、ひとつひとつ、たくさんの思いが詰まった、ありがたいものを大切にすることではないでしょうか。

 

今日も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

浄住寺の方丈は、もちろん畳の大部屋です。

ごろんとしたい時には遊びにいらっしゃってくださいね。

お待ちしてます。

 



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