色即是空 捨ててこそわかる真実

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こんにちは。

 

自分の背骨は一本しっかり通ってますか。

生物学的な背骨ではなく、心の背骨です。

毎日、マスコミ、メディアから流れてくるのは背骨のない人たちばかりの話し。

一見いいこと話してるようで、立身出世、自分の野望のためだけなのに、世の中のためにとうそぶいています。

自分はどうかというと、似たり寄ったりかもしれませんが、一人一人が流行りに流されず本質を見れるようにならないといけないですね。

さて、今日も薬師寺の村上官主ご本より「捨ててこそわかる真実」より。

真のある背骨ができますように。

 

「般若心経」の真髄は「色即是空」

 

色というのは目に見える世界のことですが、いろいろな意味で今の政治も経済も行き詰っています。

現状の世の中や価値観を、これでよしと思っている人はいないのではないでしょうか。

ものやお金があふれている世界がいいと思ってやってきたものの、ほんとうにものやお金があふれてしまい、それでも取り合いになり、お金をゲームのように扱う国や人が現われました。

そういう人たちが世の中を牛耳って闊歩している。

また、そういう価値観が蔓延しています。

一時はもてはやされたIT長者やベンチャー長者なども、もうどこにも出てきません。

虚業というか偽りであったことがわかると思います。

まさに「色即是空」です。

 

 

本当の価値とは

 

大変なお金持ちの方を存じていますが、とても忙しいし二十四時間お金のことや商売のこと、会社のこと、儲けることを考えておられる。

今までの日本社会ではそういう人が素晴らしいと思われていたのかもしれません。

でも引き際というのがあると思います。

そういう世界だけがすべてではないのだ、ということにそろそろ気づかないといけないのではないのでしょうか。

権力がある、ものがある、お金がある。

そういうものはなかなか捨てることができない。

ずるずると執着し繰り返してしまうものです。

外にある価値を一度捨ててみないとじつは別の価値はわからないものです。

また同じように、商売のことを二十四時間考えておられる方があります。

七十歳代とは思えないほどお元気ですが、商売の中心に「本物」「いつわりのない物」という考えをおいておられます。

少しでも安く、しかし「いつわりのない物」を提供したいと考えておられるのです。

自分だけや会社だけがよいのではなく、お客さまにもよいようにと努力をしておられます。

 

聴くことから

 

「般若心経」は自分というものの生き方についても説いています。

外に「色」の価値ばかりを求めるのではなく、自分の心のなか、人生のなかにいろいろな価値をつくり出していこうという智慧を教えてくれているのです。

智慧というのは聴くことからはじまります。

聴いて聴いて聴いて、感じる、私の話しを聴け、ということではありません。

先達の話しを聴く。

お釈迦さまの教えを聴く。

そういう姿勢のことを「聞(もん)・思(し)・修(しゅう)の三慧(さんえ)」といいます。

自分よりもっと苦しんで、自分よりもっと求めて、自分よりもっとまじめに、という先輩方が世の中にはたくさんおられます。

一休さん、西行法師、良寛さん、みんなものやお金を求めたわけではありません。

そういうものを捨ててひたすらほんとうの真理とは何であるかを求めて生きておられました。

 

 

ハッと気づく

 

お釈迦さまは王子として何の不自由もなく栄耀栄華に暮らしていましたが、そういう暮らしを捨て、もっと大きな意味で求めていたもの、願っていたものを見つけられました。

お釈迦さまが見つけた仏教の教えが、二千五百年経った現代でも生きている、変わることのない真実の世界だったわけです。

われわれはほんとうに弱いものです。

社会や周りのムードに流されてしまいがちです。

みんなが行ったから行く。

隣が買ったから買う。

みんな並んでいるので並んでみたら葬式の列だったという笑い話がありますが、みんながやっていることをいっしょにしていればよいように思っている節があります。

だからひたすら頑張って一生懸命働いてきて、六十歳を過ぎて子どもも仕事も離れたら、いったい自分は何をしてきたんだろうということになってしまいます。

それでもハッと気づく人はまだ救われるのかもしれません。

どこかで心を切り替えられるかどうかです。

肩書き、お金、ものではなく、精神で自由に心豊かに暮らしていけることが一番幸せなことであると気づいてただくのが六波羅蜜の実践なのです。

 

ありがとうございます。

 

美空ひばりさんの歌、「川の流れに身をまかせ」(作詞:秋元康)の歌詞の中に、「ああ川の流れのように おだやかに この身をまかせていたい」とあります。

そう、「おだやかに」。

我欲で濁った、とっても早い流れではなく、ゆったりとおおらかに、清い流れの中でおだやかに この身をまかせたいですね。

でも、世の中、表と裏、表裏一体。

いつもそのようにはいかないかもしれません。

台風が来れば流れも濁流に、でも、晴れた日がつづけば穏やかな流れに。

目の前のことにとらわれるのはなく、もっともっと大きな目で、長い目で生きていきたいものです。

自分のことはもちらん一番大好き、自分が一番大好きだからこそ周りの人も、目に見えないものまでも大好き。

そう、いつも楽しく笑顔あふれるように。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありあとうございます。

浄住寺はおだやかな時間が流れています。

嫌なことなどあればいつでもお越しください。

身をまかせてみませんか。

 

参考
スティーブ・ジョブズが傾倒した 禅の心
和の心 わかちあう心
いつも心に幸せ言葉

 



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