なぜ? お茶席で茶碗をまわすの?

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こんにちは。

 

この週末、茶人にとってはとても大切な「炉開き」がおこなわれているのではないでしょうか。

茶道というと、まったく興味がなかったり知らなかったりする人は、お茶を飲むときに茶碗を回す動作を思い浮かべませんか。

何か儀式的でまじないをしているように見えて、奇異な感じを受けます。

だが、知らない人がそうのように感じる点にこそ、お茶の心が典型的な形で表されています。

したがって、そこにこそ茶道への興味を抱き理解を深める取っかかりがあり出発点でもあります。

今日は、山﨑武也さんの本、「なぜ、一流の人は「お茶」をたしなむのか?」より教えていただきましょう。

 

なぜ?茶碗を回すの?

 

茶碗を回すのには、きちんとした理由があります。

一見したところは、どの部分も同じようであっても、どの茶碗にも正面があります。

それは最も美しい模様があったり、注目する形になっていたりするところです。

その部分を避けて飲もうとする考え方です。

きれいな部分に唇が触れて汚すことを、できるだけ避けようとします。

それは物を大切にすると同時に、物事に対して謙虚な姿勢を打ち出そうとする心構えを表しています。

正面を避けて飲むのは、自分が謙虚であることを振る舞いで示すことによって、自分の心も控え目にしようとするためです。

 

「謙虚に」は難しいですね

 

「謙虚に」と口でいうのはやさしいです。

だが実行するとなると難しい。

ついうっかりすると、偉そうにしたり人の意向を無視した行動にでたりします。

そのような傾向にストップを掛けるるには、どうしたらいいでしょうか。

まず、自分は「バカ」であり「悪人」である事実を認め、自分自身に言い聞かせることです。

もちろん、全面的にそうだと認めることはできないでしょう。

だが、普段から慣れてしていることでも、不注意で間違ったり失敗したりする場合が、時にはあります。

また、つい自分の欲をそのままに出して、よこしまな考えをしたり、さらには行動に移したりすることも、時々はあります。

すなわち、自分にもバカであり悪人であるという部分や要素があることは、少なくとも否定することはできません。

その点を自覚していれば、考え方や振る舞いも自然につつましやかになり、自分勝手で尊大な真似はできなくなります。

茶碗一つを扱うにも、人生に対する正しい姿勢の一つがルールとして設定されています。

 

「元に返す」大切さ

 

茶碗を回すと見えても、実際には正面を横に向ければそれでいいです。

したがって、動かす回数は任意で、茶道の流派が最もいい形になるようにと何回と決めているだけです。

飲んだ後は、正面を自分のほうに向けて元に返しておきます。

この「元に返す」という動作も、お茶の中であちこちに現れています。

子供のときにおもちゃで遊んだ後、必ず元の形にして元の位置に戻しておくようにと教わったはずです。

これは「整理術」の根本的な考え方であり、世の秩序を保つために重要な心掛けです。

 

ありがとうございます。

 

茶碗を回す事だけでも、これだけの理由が思いがあるのですね。

利休は一つ一つの所作に、日本人としての大切なこころを込めてくれていたのでしょうか。

今の時代、何でもありのような、私さえよければと、古よりの大切なこころが失われてきているのでは。

お茶のお稽古をするのもよし、お寺で座禅をくんでみるのもよし。

そこでは何も教えてくれないかも知れませんが、何かを感じるかも。

日本人が大切にしてきた、素敵な和のこころを探しにこの週末はお出かけはいかがですか。

浄住寺でも何か感じていいただけるかもしれませんよ。

お待ちしております。

 



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