「和敬清寂」 裏千家前家元 千玄室さんの素敵なお話し

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裏千家前家元 千玄室の素敵なお話し

 

こんにちは。

日本人の和の心、「ありがとうございます」という心は、遠く日本という島国が誕生した時までさかのぼらないとわからないのでは?

そんな時に、先日の産経新聞に「一服どうぞ」裏千家前家元 千玄室さんの素敵なお話しが掲載されていました。

茶道の大切な精神が「和敬清寂」。

中でも和が中心。

それは皆が平等に、区別、差別しないということ。

千玄室さんは、和敬清寂の精神を持って各国を回り、少しでも世界・人類の平和のためにできれば、と世界60か国を歴訪されました。

戦争を体験されたからこそ、心から平和を願っていらっしゃる素敵な方。

いつも多くのことを学ばしてい頂いてます。

いつまでもお元気でいてくださいね。

 

日本の誕生

 

今から1万2千年前に日本という島国が生まれました。

すなわち大陸から離れ海上に孤立しました。

氷河時代が終わり気温も徐々に上昇するなかで、人々は縄文文化を育んでいきます。

狩猟・漁獲などに必要な多くの道具を骨・角・木・石を用いてつくり、それらが遺跡から出土しています。

大陸から移り住む人により、稲作農耕が始まったのは縄文時代の末期とされます。

気温も定まり農耕具も工夫されて米を主とする生活に変わりました。

タイかインドネシアかの学者が「すしは縄文と弥生を表す」と言ったとか。

すなわち魚を取り米を作り、それを重ねた日本文化の表れだと。

一つの歴史的見方として面白い表現ですね。

日本が東アジア史に登場するのは弥生時代以降ですが、中国前漢二百年余年の歴史を記した『漢書』『地理志』に「楽浪海中に倭人あり」という倭という名前で出ています。

日本の古代は大陸からの渡来人の影響が大きく、稲作技術や金属技術、織物や陶器など今日に至る多くの生活文化の基がつくられました。

またその時代の中国の学、特に寺院と大学の影響は当時の日本にとって大きなものでした。

百済から来朝した五経博士や王仁の指導には見るべきものがあり、奈良朝はこれにより出来上がったと言っても過言ではないでしょう。

平安時代に入り、老荘家として安倍真勝などの名が挙がりますが、仁明天皇は「荘子」を学び、また各天皇も四書五経を取り入れて日本の学の基をつくられました。

学校教育で「情の心」を

 

日本人は四季を感じ雪月花を賞し、自然とともにあるという意識を持ち、歌の道がそれを具現するものとして最高の教養とされました。

特に万葉集にそれが表れており、独特の「かな文字」そして「カタカナ」等が生まれました。

自然とともにあることが一種の美意識となり、真・善・美の3つが精神的支柱となります。

鎌倉時代の武家政治になると禅宗との結びつきと道教の影響によって武士道が確立されます。

茶の湯は中国より伝わり、単に飲むだけであったが、その後に奈良時代から平安時代には精神的安定をもたらすものとなりました。

主と客との一期一会の「もてなし」の思想を生み、主客相互に一怨(いちわん)の茶をもって心が交わり、現世から離れた場をつくることにより新しい芸術文化の世界が開かれていきました。

中国や韓国での単なる飲み物としての茶とは異なった世界を日本はつくり上げます。

室町時代になると寄り合いが盛んになり、歌道や連歌や香道と茶の道が将軍家や武家衆をはじめ町衆の間にも流行します。

書院での茶は格式高く、町衆は寺院などの広間を屏風で囲み小座の間と称し、茶を楽しみました。

この囲いの小座敷から茶室が生まれます。

これらは情の文化の代表ですが、他にも能狂言や歌舞伎や浄瑠璃で人間関係の情の物語が多く上演されました。

こうした「情の心」は日本人独特の思想であり外国人にも理解される昨今ですが、果たして現代の日本人がその優れた「情の心」をどれほど理解しているのでしょうか。

学校教育の中で、道徳とともに日本人としての心の在り方やもち方をしっかり知らしめてほしいと願います。

 

ありがとうございます。

 

千玄室さんの「日本人の心、伝えます」のご本に

「和敬清寂」という語を用い、利休は茶人とはどうあるべきかを示されました。

他人と和し、敬い合い、自浄の志と揺るぎない信念を持つ、それが、茶の湯に親しむ者の理想の姿なのだと。

利休が掲げた茶人としてのあり方は、私たちが目指すべき姿でもあります。

今、多くの人たちが慈愛を「甘やかす」ことだと勘違いし、寛容を「見て見ぬふりをする」ことだと思い込み、自己中心主義に走ってしまっている。

だから、戦争が終わらない。

痛ましい事件が後を絶たない。

そのような世の中にあって、私たちが学ばなければならない哲学であり、身につけなければいけない思想が、「和敬清寂」であると私は思うのです。

 

素晴らしいお話し。

もう争いは終わりにしたいです。

丸い茶碗で緑のお茶をいただくとき、そこには小宇宙、地球があります。

だから、自然と一緒だなと、ありがとうと、優しい気持ちになって時をすごします。

大事な大事なことですね。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

浄住寺でもお茶を楽しんでいただけるようにしてきますね。

 



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