女子大生8人の6日間⑥ 今日は染工房 夢祐斎でこうろ染のお話し

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今日は染工房 夢祐斎でこうろ染のお話し

女子大生8人の6日間⑥ 他では体験できない特別文化研修

 

こんにちは。

今日の女子8人は嵐山の祐斎亭にお伺いしました。

 

幻の染め

 

祐斎さんの夢こうろ染(ゆめこうろぞめ)で染められた布は、太陽光に当たると色が変化します。

墨色からワイン色へ。

紺色から赤紫へといったように様々な彩りに顔を変えます。

夢こうろ染(ゆめこうろぞめ)の源は、日本最高位の染「黄櫨染(こうろぜん)の御袍(ごほう)」にあります。

平安時代初期の820年、時の嵯峨天皇の詔により、黄櫨染は即位の大礼や大嘗祭など重要な儀式の際に天皇だけが着用できる第一礼装となりました。

以来1200年の長きにわたり、最も厳格な絶対禁色と定められました。

天皇側近以外の目に触れる機会がなく、正確な染色法も一般には知られてなかった事から「幻の染」と呼ばれていました。

1992年、奥田祐斎さんが歴代天皇の黄櫨染を調査・研究する機会を得、その謎を解き明かして現代に再現。

新たな色変化バリエーションを加えた染色技法を「夢こうろ染」(ゆめこうろぞめ)と名付けました。

そんな祐斎さんのお話をお楽しみください。

 

嵯峨野の地

 

ここの風景見られましたか、1000年前と変わりません。

ここ嵯峨野は嵯峨天皇の別荘でした。

嵯峨天皇は日本の歴史の分岐点を作りました。

京都は日本人の故郷の始まり。

縄文時代に日本の本来の姿があるのではと思いますが、1000年単位でいうと京都から日本の文化が始まります。

奈良は中国文化のコピーなんです。

 

 

高温多湿が日本の文化を生みます

 

高温多湿の気候に合った日本独自の文化が始まります。

嵯峨天皇と空海が組んで、中国に学びながらも独自の文化を作っていきました。

 

独自の文化といえば、先日の冬季オリンピックの小平選手は身体的に海外の選手に負けるから、日本の古武道を取り入れました。

ファッション業界では三宅一生。

彼のファッションの特徴は折り紙、折りたためるファッション。

この折り紙の発想が今は宇宙にまで広がってます。

小さくなるでしょ、小さくたたんでパット広がる、これが日本のオリジナルです。

 

 

古代染色を研究家の方は書いてくれているけど、調査できていません。

中国の影響を受けた染ではないかと書かれていますが、どういう特徴なのかは書かれていません。

これが調査した時の写真です。

 

 

天皇が「こうろ染(こうろぜん)」を着ていられる写真。

 

 

明治天皇と、大正天皇

 

 

これが調査をもとに再現した反物。

よく、何年も苦労さえれたでしょと言われますがそんなことないです。

カレーを作るのと同じように、私も専門家なので9割はできるけど後の1割を研究しなければなりませんでした。

 

 

「こうろ染」は日の丸の赤

 

中国の皇帝は黄色を着ます。

太陽の見え方が黄色、皇帝イコール太陽なので黄色を着るのですね。

アメリカインディオはオレンジ。

ヨーロッパはレモンイエロー

一番びくりしたのは、神々の指紋を書いた、ケルト人のグラハムハンコックさんに聞いたらレモングリーン。

日本と正反対!

この「こうろ染」は日の丸の赤。

今までの中国の影響を受けたものではなく、これは世界に誇るオンリーワンの染です。

 

 

 

ベニバナは、婦人病に効果のあるものがたくさん入っている。

それを布にまいて、女性の下着、おこしですね、外服ですが内服と同じ。

いい染というのは身体に良いことです。

 

 

 

京都は観光なので、他と比べて、それぞれの個性、オンリーワンをどうやって見つけていくか。

染屋という立場で、私なりのオンリーワンを探してきました。

 

私の出身は熊野、そこで3代染をしていました、私で4代目。

昔は一つの村で自給自足できるように鍛冶屋とか服屋とか味噌屋とか全部ありました。

その中で日常生活のための染め物、海が近いので大漁旗や藍染で舞いかけ等作ってました。

そんな私が地方から京都に、やればやるほど、知れば知るほど日本オリジナルの染がないのです。

塗は世界一、縄文時代から、1500年前からオリジナルとしてあります。

 

 

 

オンリーワン

 

藍染、ジャパンブルーと言われているけど、日本が一番の後進国。

藍染と合うのは木綿、コットンに染めます。

コットンは体にいいと思うけど、高温多湿の日本、強くて暖かくていいけど、梅雨どき湿度が高いので水分を出せないのがコットン。

水分を一番出せるのは絹、麻、外に汗を出します。

日本の歴史の中では麻が主流でした。

 

高温多湿なので、風通しがいいことがとても大切で、風文化こそが日本の文化の基本です。

99%近く、日本の染織は外国からのコピー。

専門家として、日本人が誇りを持ってできる染はないものかと探して、見つかったのが「こうろ染」でした。

 

京都は日本文化の始まりと言いましたが、一番の典型がファッションで、十二単。

今、洋服を着てますが、西洋がかっこいいと思ってることが前提で無意識のうちに洋服を着てます。

奈良時代は中国がかっこいいと思ってたから志那服、漢字を使いました。

嵯峨天皇が京都に移ってから十二単ができます。

つまり和服、現代の着物ができました。

これは、とっても大事なこと。

 

 

 

志那服と洋服が共通してることは、防寒的な服、包み込みの服ということ。

風が入る服は和服。

高温多湿な日本で楽しむためには風がほしい、風を入れる服が和服。

建物も一緒で日本は柱中心。

大陸文化の家は壁。

壁に窓が開いていて、構造そのものは壁。

世界中の文化を比べていくと、気候風土から来る個性の違いがそれぞれの国の特徴となります。

高温多湿で木もたくさんあるから木造の家になる。

スペインのサグラダ・ファミリアの責任者、博多出身の外尾悦郎さん、彼に言わせるとスペインは木がなく石が多いから石の建物に必然となったと。

 

 

 

お互いに自分の持っている個性、オンリーワンをどう引き出すか。

「こうろ染」も世界のオンリーワンです。

こうろ染を作るのに難しかったのが天皇だけのお染、関係者以外には調査せてくれなかったこと。

1200年の間に嵯峨天皇が始められてから、一般の染織関係者は誰も調査できなかった。

でも、30年ちょっと前に運よく調査をさせてもらう機会ができたから「こうろ染」を復活させられました。

 

 

ありがとうございます。

 

奥田祐斎さん

「こうろ染」のお話し、そして日本文化の基本。

学生たちに手拭いつくりまでまで。

多くの学び、びっくりした「こうろ染」、楽しかった手拭い作り。

本当にありがとうございました。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

日本はとっても素敵ですね!

 

参考:「夢を染める」 夢こうろ染 奥田祐斎さん
藍染めの藍と山藍の藍、そして小忌衣(おみころも) 嵐山 祐斎亭にて

 



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