「人間は考える葦である」 人間とは弱いものなのに。

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人間は考える葦である

 

こんにちは。

先日、七十二候の「葭始めて生ず(あしはじめてしょうず)」を書いて、「葦」といえばパスカルって。

そう、「人間は考える葦である」です。

なんで葦なんでしょうね?

 

パスカルの有名な言葉

 

「人間は考える葦である」という言葉は、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの著書「パンセ」にある言葉です。

人間は一本の葦であり、自然のうちでもっとも弱いものにすぎない。

しかし、それは考える葦である。

人間とは孤独で弱い生き物だが、考えることができることは偉大であり、尊厳がある。言ってます。

パスカルは、物事を徹底的に考え抜いたそうです。

その結果、人間についてこう言ってます。

「すべての人間は幸福を求めている。これには例外がない。その手段がいかに異なっていようとも、みなこの目的に向かっている。意志は、この目的に向かってでなければ、一歩も前へ進まない。これはあらゆる人間の、みずから首をくくろうとする人に到るまでの、あらゆる行為の動機である。」

 

なぜ葦を例えにしたのでしょうか

 

葦は少しの風邪でも吹かれるとしなり、風邪が去ると、また元の姿にもどります。

樫の大木などは、風が吹いてもしなることなく抵抗しますが、繰り返し風が襲ってきたり、強風に襲われた時は根元から折れてしまいます。

人間とはこのように、自然の運命の脅威に対し無力でありますが、それを受け止め、脅威をくぐり抜けて、また元のように、自らの力で立ちあがるのです。

それは「考える力」を授かったからです。

 

人間なんて、たいしたことありません

 

人間は、ほかの動物と比べると、身体的に優位な特徴がありません。

すべての動物を人間サイズにした場合、あらゆる動物の中で最も弱いかもしれません。

それが人間なのでしょう。

しかし、神さまは人間に考える力を授けてくださいました。

人間には考える力と智恵があります。

弱いからこそ考え、努力をするのです。

それが、人間の強さ、偉大さなのです。

 

ありがとうございます。

 

人間は弱いものなのに、強がっている現代・・・いつの時代もそうだったかもしれませんね。

強がってどうするんでしょうか。

無駄な争いばかり。

神から授かった「考える力」も強がるためだけに使われているのかも。

万人がそうではないかもしれませんが、自我のために「考える力」を使っているのでは。

そんなことのために授かったのではありませんよね。

この世の人たちみんなが、自然とともに、目に見えないすべてのことまでが幸せになるように授かった「考える力」

使い方を間違わないようにしなければ。

今、とっても必要な事と思います。

 

今日も最後までお読みいただきました、ありがとうございました。

人間ってとっても素敵ですね。

 

 



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