日本に愛される抹茶、その歴史について

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

日本に愛される抹茶、その歴史について

 

飲み物という枠を超えて日本人を魅了する「抹茶」は、数百年の時を経て今も人々に愛され続けています。

その歴史は深く、我々が育んできた心や文化と密接に関わっています。香りや色、味わいで不思議と心を落ち着かせてくれる「抹茶」の魅力をご紹介します。

 

スポンサードリンク

お茶が愛される理由

抹茶が、日本人にとても愛されているということは言うまでもありません。抹茶を点てて、お茶を飲むだけにはとどまらず、和洋菓子をはじめとする「抹茶味」の食べ物は、既に私たちの味覚の定番になっています。どうしてこれほどまでに、抹茶は日本人にとって欠かせないものになったのでしょうか。

理由の一つは、抹茶が日本の歴史と文化に深く関わっているということが挙げられます。お茶を飲む「茶会」が、政治の世界に利用された時代があるほどです。

後に詳しく述べますが、お茶はもともと遣唐使によって中国から日本に入ってきました。その後、仏教の宗派である禅宗の僧侶・栄西禅師によって、今の「抹茶」の原型が伝わります。

このように仏教と関わりの深いお茶は、その教えと共に人々に受け入れられていきます。特に千利休によって確立された「侘び茶」は、禅宗を基に作られたものです。茶道の心得は、今も日本人が大切にしている精神論と結びつくところがあります。

茶道の世界には「茶禅一味」という言葉があります。これは、茶道と禅は一体で通ずるものがあるという意味で使われます。禅宗では座禅を組みながら、茶の湯ではお茶を点てながら、気持ちの乱れを整えて自己を見つめる、あるいは頭と心を無にして改めるということを大切にしているのです。

お茶は昔から日本人の心に寄り添っているものです。お茶を飲むとホッとできるのは、現代を生きる私達にも知らぬ間に、お茶が育んできた「心」が受け継がれているからだと思います。

また、お茶の深い味わいも欠かせません。緑茶は口に含んだ時、実に様々な味を私たちに与えてくれます。お茶の色・香り・甘み・苦み・渋み・舌触り・のど越しに至るまで、私たちの五感に馴染む、飽きのこない飲み物です。

緑茶の味が控えめなところは、どことなく日本人が持っている謙虚さと似ている気がします。自らを強く主張せず他の食材を引き立てる奥ゆかしさが、お茶が愛される所以なのかもしれません。

 

お茶の始まり~中国からの伝来~

お茶は、紀元前2700年頃の中国で始まったとされています。漢の時代には、医学書の中でお茶が紹介されています。当初は薬として飲まれていましたが、次第に上流階級の貴族が楽しむ飲み物になっていきました。

中国全土に広がったのは唐の頃で、お茶を飲むことが流行の最先端とされていました。当時のお茶は緑茶ではなく、茶葉を煮て固めたものを乾燥させた「餅茶(へいちゃ)」と呼ばれるものでした。

餅茶は、粉砕してお湯に加えて飲みます。作り方は抹茶に通じるものがありますが、今のお茶のような緑色ではなく、茶色をしていました。

そして、この餅茶の作り方とお茶の種が遣唐使や留学僧によって、平安時代の日本に持ち込まれます。中国と同様に、当初は医薬品として扱われていましたが、徐々に嗜好品として広まっていきます。この頃のお茶は貴重なものであり、口に出来るのは僧侶や貴族階級といった一部の人々だけでした。

 

 

お茶の広がり~抹茶の始まりと発展~

約800年前の1211年、日本のお茶の歴史に転機が訪れます。禅宗の1つである臨済宗の開祖・栄西が、宋から茶の種子を持ち帰り、現在のお茶の点て方に通じる、所謂「抹茶法」をもたらします。これが、お茶の起源だと言われています。

日本に帰った栄西は、「喫茶養生記」というお茶の専門書を書き残します。そこには、お茶の効能や正しい喫茶の仕方について記されていました。この著書は時の将軍に献上され、武家社会へとお茶が浸透してくことになります。

その後、栄西から抹茶法を受け継いだ明恵上人がお茶の種を京都の栂尾や宇治などに播き、お茶の普及に努めました。

禅の精神と深く結びついたお茶は将軍にも愛され、室町時代には3代目将軍・足利義満によって宇治茶を栽培する茶園が特別の庇護を受ける事になります。将軍御用達の茶園は「宇治七名園」とされ、京都の宇治は全国有数のお茶の産地として発展していきました。

こうして、広く抹茶が飲まれるようになっていきますが、当時は今のような滑らかな舌触りではなく、恐らくザラザラと口の中に残るものだったのではないかと推測されています。きめ細やかな抹茶が作られるようになったのは、茶臼が登場してからのことになります。

茶臼は、上下2つの石臼を擦り合わせることで茶葉を細かく粉砕します。お茶と同様、もともとは中国で使われていたものを留学僧らが日本に伝えたとされていますが、茶臼が登場した年代は定かではありません。この頃、茶臼で細かく砕かれた抹茶を撹拌させるために「茶筅」が使われるようになったようです。

更に、お茶の栽培方法にも大きな進歩がありました。それが、日本独自の「覆下栽培」です。今まで露地栽培のまま収穫されていた茶葉を、収穫前の2週間は日光に当てずに育てて収穫するというものです。宇治で始まった覆下栽培が、日本のお茶の味を大きく向上させました。

お茶を点てる道具が充実し、お茶の品質も高まっていった安土桃山時代になると、お茶は更に「文化」として大成していきます。茶道の祖と呼ばれる村田珠光は、お茶と禅の精神を追及した「侘茶(わびちゃ)」の原型を作ります。茶室を四畳半としたのも珠光であり、茶道の発展に大いに貢献した人物です。

珠光亡き後、武野紹鴎(たけのじょうおう)によって茶道はさらに極められます。紹鴎も茶室や道具の改革を進め、次第に華美な装飾は取り払われ、精神に重きを置いた仕様になっていきました。

そして、千利休が登場します。利休は「侘び茶」を大成させたことであまりにも有名です。利休は、茶道を愛好する織田信長や豊臣秀吉に仕えていました。

この頃の戦国大名たちは、「権力を見せつけること」「戦略的な結びつきを強めること」などを目的に、頻繁に茶会を催していたようです。特に豊臣秀吉は茶道に入れ込んでおり、黄金の茶室を作ったほどです。

信長と秀吉の寵愛を受けた利休は、政治的にも大きな影響を与えたとする資料も残されています。千利休の逸話は、お茶が日本の歴史に深く関わっていたことを感じさせます。

江戸時代には庶民の一般的な飲み物として浸透していきますが、当時の庶民は簡易的に茶葉を煮出したものを口にしており、抹茶を飲むまでには至っていませんでした。しかし、「煎茶」の製法が生み出されてからは、庶民のお茶の常識が大きく変わることになります。

煎茶の祖と呼ばれる永谷宗円が、1738年に煎茶の製法=宇治茶製法を編み出したのです。今まで見たことのない透き通ったお茶の色と味は人々の心を捉え、全国へと広がっていきます。この技術が日本の緑茶の主流となり、今現在も受け継がれています。

緑茶が誕生してからも、お茶は更なる高みを目指して改良されていきました。江戸時代後期の1835年、江戸の茶商であった山本嘉兵衛により玉露の作り方が生み出されます。今でも「玉露」と聞くと、その響きの中に高級感を感じます。山本嘉兵衛は、まさに煎茶をより高級なものにしようとして開発に力を入れたのです。

幕末以後、明治維新による開港が進むと、お茶は生糸と並んで日本の貴重な輸出品の1つとして、アメリカを中心とする諸外国へ大量に運ばれるようになります。この時、お茶は輸出量を確保するために戦略的に大量生産されました。

その後、戦火の影響を受けて輸出が衰退した時期があったものの、お茶は昭和の中頃まで海外に多く輸出されていました。次第に輸出量が減っていきますが、国内需要の高まりとともに、日本人の暮らしに再び落ち着くことになります。

近年では、「MATCHA」という言葉が世界各国で通じるほど広く認知されています。世界的な健康ブームから緑茶や抹茶の効能に注目が集まっていて、今では日本を代表する味覚になったと言えるでしょう。

 

自宅でも楽しめる抹茶の、道具と点て方をご紹介

ここまで、抹茶の歴史を振り返ってきました。「茶道は敷居が高い」と感じていた方も、少し親しみを持って頂けたかなと思います。「抹茶を飲んでみたい」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

実は少しの道具を用意するだけで、抹茶は自宅でも簡単に作って飲むことが出来ます。ぜひ、ご自分で抹茶を点てて、その奥深さを味わってみて下さい。

まずは、抹茶を点てる為の道具についてお話しします。抹茶とお湯以外で用意するものは、茶碗、茶筅(ちゃせん)、茶杓(ちゃしゃく)、茶こしなどの篩、布巾です。それぞれ、代用品も含めて役割をご説明していきます。

茶碗は、もちろん抹茶を作って飲むためのものです。抹茶用の茶碗は、点てやすく飲みやすいように作られていますのでお勧めです。専用の器を持っていない方は、カフェオレボウルやご飯を入れる大きめのお茶碗を使って下さい。出来るだけ底が広く、親指と人差し指で無理なく持てる高さがやりやすいと思います。

茶筅は、抹茶を撹拌させるための道具です。最近は、プラスチックや金属製の物も出回っているようですが、ほとんどが竹で出来ていて、手に納まる箒のような形をしています。

茶筅は泡だて器ではありません。先端の穂が、100本程度に分かれています。この細かい穂先が重要であり、他の道具で代用するのは難しいと思います。価格は色々ありますが、お茶屋さんはもちろん、雑貨店でも購入可能ですので一度探してみて下さい。

抹茶をすくうための道具が、茶杓です。竹で出来た、細長い匙を言います。茶杓があった方が、本格的な雰囲気は出ますが、お手持ちのティースプーンでも代用できます。

その他の道具として、抹茶のダマを取るための茶こしがあると良いでしょう。事前に抹茶をこしておくと、点てたお茶にツブが残りづらくなります。最後に、温めた道具に付いた水分を拭う布巾があれば申し分ないでしょう。

道具が揃ったら、さっそく抹茶を点ててみましょう。まず、お湯を沸かします。お湯は、抹茶を点てる以外に道具を温めるのに使います。飲む分より、多めに用意しましょう。

使うお湯は、抹茶の風味を活かせるように軟水がいいでしょう。一度沸騰させてから、60~80℃まで冷まします。そのお湯を、茶碗の中に注ぎます。この時、お湯の中で茶筅を回して温めておくと穂先まで水分が行き届き、柔らかくなって点てやすくなります。道具が温まったら、お湯は捨てて布巾で拭きましょう。

茶碗に抹茶を入れます。茶杓で2杯~山盛り1杯半、ティースプーンで軽く1杯、量は約1~2gです。続いて、お湯を茶碗の1/4〜1/5程度入れます。3口半で飲み終えられる、60~70ミリリットルが適量です。

次に茶筅を使って、お茶を点てます。片手で茶碗を押さえながら、もう一方の手で茶筅をまっすぐ茶腕の中に下ろします。ゆっくりと混ぜて抹茶を分散させ、次第に手首のスナップを効かせて撹拌させていきます。茶道の流派によって茶筅の動きは違いますので、作法の違いを学んでみるのもいいかもしれません。

きめ細かな泡が消えないうちに、出来立てを味わうのが一番美味しく頂けるでしょう。

 

最後に

世の中には手軽で便利な嗜好品が溢れています。今の時代、抹茶を点てることは少し余分な手間のかかることだ、と感じる方もいるかもしれません。しかし、お茶はその日その時の点て方で味が少しずつ変わります。自分の心の在り様が、お茶に映し出されるのです。
古くから日本で受け継がれている「心の整え方」を、ぜひご自宅でも実践してみて下さい。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

スポンサードリンク
Translate »