日本人は夕焼けが大好き!

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夕焼小焼け

母との思いで

 

こんにちは。

明日は母の日。

小さいころ母に手を引かれながら、夕焼け空を見ながら「夕焼け小焼けで日が暮れて・・・」と歌いながら歩いたこと思い出しませんか。

大きな夕日を見ながら、一緒に歌いながら「ほっこり」、幸せな幸せな時間でしたね。

今日は、宗教学の山折哲雄先生のご本「こころの作法」から、そんな「夕焼け」のお話しです。

以下、文中より。

 

夕焼け信仰

 

山田洋次さんにお目にかかったときだった。

「男はつらいよ」シリーズの話になった。

あの映画は、「寅さん」を主人公に五十数本つくりましたが、そのぜんぶに「夕焼けの空」の場面を入れました、といわれた。

それをきいて私は驚いた。

そのシーンのいくつかは覚えていたが、シリーズ全部に「夕焼け空」が登場してくるとは思ってもいなかったからである。

ちょうど渥美清さんが亡くなった直後のことで、もうそれもかなわなくなったといって、山田さんは肩を落とされた。

私がその話にきき耳を立てたのは、じつは夕焼けにまつわる忘れがたい思い出があったからである。

 

 

「夕焼け小焼」に仏教の本質?

 

もう十数年も前のことになるが、東京である国際会議に参加し、韓国からこられた仏教学者の季箕永(イギヨン)さんにお話をうかがう機会があった。

李さんはパーティーの席上で、「私は、日本人がうらやましい、なぜなら日本人の多くが仏教というものをこころから受け入れているからです」といわれた。

思わず、わが耳を疑いたくなるような気分になった。

というのも当時の私は、日本人の大部分は無神論に傾き、無宗教民族であると思っていたからである。

そのことを素直に口にすると、李さんはにっこり微笑んでいった。

あなた方は「夕焼け小焼」という童謡をよくうたうでしょう。

あの歌には仏教の本質のすべてがうたいこまれているのではないでしょうか・・・。

 

虚をつかれるとはこのことだった。

一瞬沈黙し、その歌の文句を反芻したとき、ひょとするとそうかもしれないと思えてきた。

しかしそんなことをいった人はどこにもいなかったし、文字に書かれたこともなかったのではないか。

 

夕焼け小焼けで日が暮れて

山のお寺の鐘がなる

お手々つないで皆かえろ

烏と一緒に帰りましょう

 

夕焼け空に感動

 

あらためてうたってみて、なるほどそうだ、と思わないわけにはいかなくなった。

つくられたのが大正の大震災(1923年)のころ、作詞が中村雨紅(なかむらうこう)で、作曲は当時東京音楽学校の教授だった草川信(くさかわしん)である。

中村雨紅は八王子の神社に生まれ、女学校の先生になった。

野口雨情などとともに活躍した童謡作家である。

 

一行目に「夕焼け小焼けで日が暮れて」とあるが、夕焼け空をみて感動する人は多い。

その経験を語るときの表情の輝きもまた格別である。

それだけではない。

古来、落日をうたった歌が多いことにも気づく。

夕日にむかって敬虔(けいけん)な祈りを捧げる詩人たちの言葉もたくさんのこされている。

絵の世界でもそうだったのではないか。

多くの絵描きたちがそれこそ平安時代いらい、夕景のなかにある富士山の千変万化はもちろん、山や海のなかに沈む太陽や夕焼けえの光景を描きつづけてきた。

 

 

赤とんぼ

 

その伝統が明治の新時代になってもつづいていた。

学校唱歌や童謡にうたいつがれ、流行歌のなかにまで顔をのぞかせるようになった。

それらのなかでもとくに忘れがたいのが、三木露風(みきろふう)作詞、山田耕搾(やまだこうさく)作曲の「赤とんぼ」ではないだろうか。

さきの「夕焼け小焼け」とほぼ同時期につくられている。

 

夕焼小焼けの赤とんぼ

負われて見たのはいつの日か

 

この「夕焼け」をうたった二つの歌の誕生とともに、われわれの時代はあの十五年戦争の暗い谷間に入っていった。

その苦難の時期を、われわれはこの夕焼けの歌を唇にのせることでみずからを慰め、未来に期待をつないてきたような気がする。

それにしても、なぜ夕日なのだろう。

どうして落日にこころを動かされるのだろうか。

いろいろなことが考えられるが、やはり根本のところは、われわれの先祖たちがその夕日のかなたに「浄土」をイメージしてきたからではないかと思う。

この世を去って新しく生まれ変わる理想国土のイメージが、落日とその荘厳な輝きに託されていたからではないだろうか。

夕日信仰はひょとすると、日本人における文化的遺伝子だったのかもしれない。

 

ありがとうございます。

 

いかがでした。

小さいころ母と一緒に歌った「夕焼け小焼け」。

眼を閉じても、実際に見たかはわからないけれど、川沿いの土手を母と手をつないでみた、夕焼の風景に安堵感を覚えるのは私だけでしょうか。

「山のお寺の鐘がなる」

夕日と言ったら山のお寺の鐘の音、「ごーん」という音が一緒に聞こえてきますよね。

昔は鐘の音で起床して食事をしました。

遊びに出ていた子供たちは、夕日の鐘の音で「みんな帰ろう!」って。

鐘の音で一日の生活をしていたのですね。

そして、現代では嫌われものの烏も必ず夕焼け空に「カァー、カァー」と。

烏のような小さなものたちと共に生きているという実感がそこにあったからでしょうね。

 

今の子たちは、夕焼を見て何を感じるのでしょうね。

お母さんと一緒に見てもらいたいですね。

もちろん手をつないで歌いながら。

ちなみに、2番です。

 

子どもが帰ったあとからは

まあるい大きなお月さま

小鳥が夢を見るころは

空にはきらきら金の星。

 

本当に自然といっしょに暮していたのですね。

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

明日は母に日、お母さんいつもありがとうございます!

 



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