葉室家 葉室光親(みつちか)2

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光親卿は、1928年(昭和3年)11月10日、贈従一位を賜わったのですね。

 

はじめ近衛家に仕え、やがて後鳥羽上皇の信任を得ます。

 

後世、院の執権は光親に始まるといわれる程(『小槻季継記』)上皇に重用されました。

 

上皇の妃修明門院や順徳上皇にも近侍し、また妻の経子(参議藤原定経の娘、吉田為経の叔母)と娘の満子はともに順徳上皇の乳母でありました。

 

実は討幕に反対であったともいうが(『吾妻鏡』承久三年七月十二日)、光親室が預所だった河内国甲斐庄で軍勢が集められている事実もあり(『鎌倉遺文』4512号)ました。

 

乱後捕えられ、駿河国で斬られた。法名は西親。

矢弾山(篭坂中腹)に祀られている。昭和3年、昭和天皇御即位に際し、正一位を贈られました。

 

ご先祖さま、ありがとございます。

安らかにお眠りください。

 



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