「いのちを育む食卓」 辰巳芳子さんのお話し

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「いのちを育む食卓」

こんにちは。

今週はじめに金沢に行ってきました。

金沢の街中をゆっくり歩くことはなかったのですが、車でおちらこちら周って見える街並みが京都とはまた違った風情がたくさんあり、「ここも!あそこも!」って車を停めていってみたいところがたくさんありました。

また、能登への海岸線には何万年もかかって日本海の荒波がつくり出した岩盤の景観がたくさん。

そして美味しいおさかな。

その金沢でお魚のフリーマガジン「Fのさかな」の中に、辰巳芳子さんの素敵なお話がありましたので、ここでご紹介させてください。

 

「食のわきまえ」

「良い食材を伝える会」が主催し、「次世代に伝える地域食材~だしをひく日~おばあさんの知恵に学ぶ」との内容で、親と子のための料理教室を大阪と東京で開催したことがありました。

講義は「食育」についての、私なりの視点で話しました。

 

~食のわきまえ~

一、いのちを愛惜(あいせき)する心情を涵養(かんよう)せねばならない。(生涯かけての命題)

二、人は何故食べねばならないか(生命科学的な考え方)

三、料理することは何故良いことか

四、家族と共に合力(ごうりき)して料理することの意義

五、愛する人々と食卓を共にすることの意味

六、食することの深意(これも生涯かけての命題)

 

一から六まで、子供達と討論の形で話を進めました。

間々で父母にも問いかけました。

ここでは三、四、五を手短に書きます。

まず三の、料理することは何故良いことなのでしょう。

小学校四年生の子供が的確に答えてくれました。

「多くの食べものは、そのままでは食べにくいから」。

百点をあげたい答えです。

私はこれに加えて、人は自分の生命は自分で守ってゆかれるようにできています。

弱々しい赤ちゃんは泣くことで、自分を守るでしょ。

三、四歳になれば、名前も言えるし、食べ物もさがせます。

小学生になれば、簡単なお料理はできるはずです。

備わっていう力を使う、使えるのは、幸せなことなのですと言いました。

四の、家族との合力については、父親にその良いところをたずねました。

どなたもコミュニケーションと言われました。

私は「いのちを守り合う」ことの原点を学習する最高の場で、逃すべからずチャンスはここにあると申しました。

五の、食卓を囲むことの認識についても、父、母に質問しました。

答えはやはりコミュニケーションが主体でした。

私は最重要点は「食べっぷり」を感知して、相互の生命の状態を確かめ合うことと解説しました。

一から六まで、根元は「いのち」に帰着するのです。

食することの深意は、信じる、信じられるという、かくべからざる魂の力量と関わることです。

食育は、ほんとうにやれば、人生を語らねばならないでしょうね。

 

 

ありがとうございます。

食とは「人」と「良」という字からできてます。

「人に良い」とか「人を良くする」といえます。

辰巳さんのお話しにありますように、食、食事、食卓など、それぞれに大切なお話しがあるのですね。

コミュニケーションという答え、それはそれで間違いではないでしょうが、実際に答えられたご両親はそのことをいつも感じているのかもしれません。

少し前まではきっとそのような悩みはなく、食卓を囲んで三食、お爺ちゃん・お婆ちゃんも一緒に食べる食事で会話が尽きない楽しい時間を持っていたのかも。

食はとても大切なこと。

食を通じて学ぶことはたくさん。

今一度ここで大切な食を、いろいろな形から見直してみてはいかがでしょか。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

きっと日々の中で無駄などなかったのでしょうね、でも今は無駄が多すぎる気がするのは私だけでしょうか。

 



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