日本人の正体を古代人が解き明かします  関裕二さんのご本より

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日本人の正体とは

こんにちは。

今日は関裕二さんの「古代人が解き明かす 日本人の正体」のご本をご紹介させてください。

私が今まで、「どうして日本人は八百万すべてのことに感謝をする民族になったのだろう」、そして「どうして明治維新後、あのような戦争を何度もおこなったのだろう」という疑問を日本の古代からその原点をさぐり、言い当ててくださいました。

このようなお話をもっともっと多くの人にも知っていただきたいなと思います。

日本人が日本のことを知らなすぎます。

日本は世界に誇る素晴らしい人たちだということも。

それでは、末尾に書かれていたことをご紹介したいと思います。

 

日本人がこれから歩むべき道とは

日本人(日本列島人)にとって、歴史上、大きな選択は二度あったように思う。
最初は縄文人が稲作を受け入れた時で、次は幕末から明治維新にかけて、西洋文明を受け入れた時ではなかったか。

縄文人の葛藤は、現代人が背負う業でもあった。
なぜ、このようなことをいい出すかというと、人類は発展を望む気持ちと、後戻りしたい気持ちの二つを常に抱き続けているように思えてならないからである。

縄文時代から弥生時代への移行に際し、縄文人たちは当初抵抗したのだ。
それは、なぜかといえば、稲作を受け入れれば、欲望を押しとどめられなくなるという本能的な予感があったからではないだろうか。
けれども、稲作は、徐々に東漸(とうぜん)していった。
稲作民が人口爆発を起こし、物理的な圧力に、抗(あらが)うすべはなかったのである。

 

 

やがて、縄文人たちも、豊かな生活に憧れていったのだろう。
一度動き出せば、この流れを止めることはできない。
へそ曲がりが拒否したとしても、それは少数意見なのであって、社会全体は、必ず、豊かな暮らし、快適な暮らしを求めて流れていくのである。

また、近代日本は砲艦外交に屈し、一神教的発想を取り入れざるをえなかった。
その結果、日本は富国強兵を目指し、多神教的信仰の象徴だった天皇は、一神教的な神に仕立て上げられてしまった。

連戦連勝だったから、国民は熱狂し、マスコミの扇動は、火に油を注ぐこととなる。
この結果、日本は世界で孤立し、追い詰められ、無謀な戦いに猪突し、敗れた。

そして、問題は戦後になっても、近代の日本人の過ちに気づいていないことだと思う。
「何が悪かったのか」を総括できないでいるのだ。
つまり、「悪かったのは右翼や軍部だ」と決めつけ、彼らこそ、旧態依然とした日本の象徴だったとみなしてすましている。

そして、近代日本が盲目的に「西欧」を受け入れたように、戦後の日本人は「われわれはだまされ、ひどい目に遭った」と、自身の熱狂を棚に上げ、あろうことか、もう一度、過去の日本を恥じ、一神教的な文化に憧れているのだ。
その一方で、多神教的な三つ子の魂が、「もとに戻してほしい」と、叫び続けるという「アンビバレント」(二律背反(にりつはいはん))な状態をさまよい続けてきたのである。

つき詰めれば、それはヤマト建国と天皇の正体、日本人の信仰がはっきりと説明されていないがために起きた悲劇でもある。

日本人は戦後、歴史を喪失し、天皇と日本的な信仰の意味を忘れてしまい、迷い続けてきた。
しかし、「昔のままでよかったんだよ」と、日本人は早く気づくべきだった。
人智を超えた大自然(神=鬼)の脅威に日本人は従順だった。
恐ろしい神(大自然)の前にかしこまり、へりくだってきた。
これが日本人の美徳であった。

安易な理想論を、ここで掲げるつもりはない。
けれども、一つだけ、断言できる。

日本人の信仰と発想は、なかなか世界に認められないであろう。
けれども、揺らぐ必要はない。
われわれは決して間違っていないのだという誇りを抱き続けていけばよいのだ。

もし、人類に明るい未来が待っているとすれば、それは多くの人びとが「神=大自然を恐れ、敬う心」を取り戻した時だと思うからである。

 

 

ありがとうございます。

予測不能の新たな時代への節目にさしかかり、日本人は道しるべを求めてさまよっている・・・。

経験したことのない天変地異に見舞われ、地球温暖化が現実のものとなってきています

そして、大手を振って世界を跋扈(ばっこ)しているのは「力の理論」。

ぬるま湯につかり、安穏とした日常を過ごしてきたわれわれは、ようやく「何とかしなければ、奈落の底に突き落とされるかもしれない」と、気づき始めました。

ならば、われわれは、どちらに向かって歩んでいけばよいのか。

一人ひとりが何をすればよいのか・・・。

なかなか、明確な答えは、見つかりません。

日本が没落するだけではなく、世界中を巻き込んだ争乱が起きてもおかしくはありません。

少なくとも、明るい未来を想像することができないでいます。

行き先を見失った時は、一度立ち止まって振り返ってみることです。

「歴史を学ぶ」意味は、ここにあります。

「どうして今われわれは、ここに立っているのか」を確かめることによって、未来を予測し、進むべき道が見えてくるはずなのです。
(参考:「古代史が解き明かす 日本人の正体」の「はじめに」より)

 

どのくらいの人が、今の日本に、世界に不安と危機感を持っているのでしょうか。

悦楽主義で今さえよければいい・・・とは思いたくないですが、そんな風潮。

特に日本を背負っている人たちはいったい何を考え政(まつりごと)をしているのでしょうね。

東京オリンピックはどのようなオリンピックになるのでしょうか。

もちろん選手たちは一生懸命、その瞬間に持てる限りの力を懸けられるでしょうが、経済効果を求めたオリンピックにはしたくないです。

2020年はきっとこの世を変えられる、世界中の人に気づいてもらう、最後のチャンスかもしれません。

日本人が世界にしっかりと発信しないといけないことは何か。

それは、やっぱり「八百万、すべてのことにありがとうと思う、感謝の心」と「これからの子供たちのために笑顔の毎日を残せるこの世を作ること」。

これを真剣にみんなが考え、出来ることから行っていくこと。

変わろう!

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

本当に、みんな、変わっていこう、もう時間がないですよ。

 



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