天皇さまの祈り「国やすかれ 民やすかれ」 昔ながらの所作に心を込める

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御世代わりだからこそ

こんにちは。

今日で葉月も終わり、とってもとっても暑い、いや熱いの方があっている葉月。

私にとってもいろいろと考えるひと月でした。

 

今年は平成最後の年(来年も4月30日までは平成ですが)、なにかと「平成最後の〇〇」という言葉が聞こえてきます。

来年は新元号となり御世代わり(元号が変わることも御世代わりですが、本来、天皇さまのご意思を持ってご譲位をされ御世が変わることをいいます)します。

今年から来年にかけて大きく何かが変わろうとしている時ではないでしょうか。

変わらないといけない時でもあります。

そんな今、天皇さまのことを知らなすぎる日本ではないかと思います(私も勉強中です)。

先日、枚岡神社へ参拝に伺ったときに神社本庁が出された「国やすかれ 民やすかれ」という冊子をいただきました。

とっても大切な冊子と思い、ここでご紹介させていただきますね。

 

 

天皇さまのいのり

第一代神武天皇は、大和(奈良県)の橿原宮において即位されたとき、鳥見山(とみやま)に祭壇をつくって皇祖神(こうそしん)をおまつりし、国の平安と民の安寧(あんねい)を祈られました。

歴代天皇に連綿と受け継がれたその大御心(おおみこころ)は、
「国やすかれ 民やすかれ」
と詠まれた御歴代の御製(ぎょせい)(天皇の詠まれた和歌)の御言葉そのままに拝承(はいしょう)が叶います。

「大日本根子(おおやまとねこ)」という言葉が天皇のお名前に冠せられている記載が、「日本書紀」等に見られます。

「根子」とは「神主」を意味する古語です。

現代でも使われる「政(まつりごと)」という言葉の語源は「祭事(まつりごと)」であり、祭祀こそが皇室の最も重要なお務めであるとされてきた長い歴史の重みを感じます。

また平成二十五年、皇后陛下は宮中祭祀について、次のようなお考えをしめされました。

明治天皇が「昔の手ぶり」をわすれないようにと、
御製で仰せになっているように、
昔ながらの所作に心を込めることが、
祭祀には大切ではないかと思い、
だんだんと年をとっても、
繰り返し大前に参らせて頂く緊張感の中で、
そうした所作を体が覚えていてほしい、という気持ちがあります。
前(さき)の御代からお受けしたものを、
精一杯の時代まで運ぶものでありたいと
願っています。(宮内庁HPより)

現在も日々大切に行われている宮中のおまつり。

その御静謐(せいひつ)な秘儀のひとひらを、この一冊につづりました。

 

 

いのり

光格天皇「みのかひは 名にいのるべき 朝な夕な 民やすかれと 思ふばかりを」

孝明天皇「あさゆふに 民やすかれと おもふ身の こゝろにかゝる 異国の船」

昭和天皇「我が庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々」

後醍醐天皇「世治まり 民安かれと 祈るこそ わが身につきぬ 思なりけれ」

亀山天皇「今朝もまた 祈る心の あと見えて 頼みをかくる 雪のしらゆふ」

櫻町天皇「身の上は なにか思はむ 朝な朝な 国やすかれと いのるこゝろは」

後土御門天皇「うれへなき 民の心と 聞くからに いまぞ我が身の たのしみとせむ」

後花園天皇「よろづ民 うれへなかれと 朝ごとにいのる こころを 神やうくらむ」

 

 

神さまと天皇さま

天孫降臨のとき、天照大御神様は、孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)へ、稲穂をお渡しになり
「この稲を育て、芦原中国(あしはらなかつくに)を治めなさい」と仰せになりました。

さらに八咫鏡(やたのかがみ)をお授けになり、
「この鏡を私の御魂としてまつり、国の繁栄を祈念するように」とお命じになりました。

瓊瓊杵尊のひ孫にあたる 第一代神武天皇をはじめ、代々の天皇は、この教えのまにまに、お住まいの中に八咫鏡をおまつりされ、この国の平安と発展を祈念されました。

やがて、

「八咫鏡を宮中でおまつりするのは畏れ多い」として、伊勢の地におまつりするようになりました。

これが、伊勢の神宮のはじまりです。

宮中では、伊勢におまつりすることになった八咫鏡に代わる御鏡をおつくりし、引き続きおまつりしました。

これが、現在の賢所(かしこどころ)のはじまりです。

賢所とは「天照大御神様がまします、畏れかしこむべき御場所」という意味であるといわれています。

「凡(およ)そ禁中(きんちゅう・宮中のこと)の作法、先づ神事、後に他事とす」(順徳天皇「禁秘御抄」)

神話の時代から、連綿と受け継がれてきた御敬神の念と祭祀の伝統。

その尊い祈りは、時代が移り変わってきても、私たち日本人を大きく、篤く包み込んでくださっているのです。

 

 

賢所—神々のおわす宮中三殿—

皇居の森の奥、鬱蒼と木々が生い茂る敷地のほぼ中ほどに、特別な場所がこざいます。

皇室皇祖であらせられます天照大御神様の御霊代(ごれいだい)として御神鏡(ごしんきょう)を御祭り申し上げます賢所(かしこどころ)、

歴代天皇・皇后・皇族の御霊を御祭り申し上げます皇霊殿(こうれいでん)、

天神地祇(てんしんちぎ)を御祭り申し上げます神殿(しんでん)がございます。

この御三殿を宮中三殿と申します。

御三殿に附属して、神楽舎、綾綺殿(りょうきでん)、また神嘉殿(しんかでん)などのお建物がございます。
(高谷朝子「宮中賢所物語」ビジネス社参照)

 

ありがとうございます。

みなさんも「祈る」ことはしたことありますよね。

初詣でも、困ったときの神頼み、この試合に勝てますようにと。

世界中の人たちも形こそ違えど、祈りはされます。

そのお祈りは、自分のためお祈りですか?みんなのためのお祈りですか?

どうしても自分のこと、もしくは周りの人のことでお祈りしてしまいますよね。

でも、天皇さまだけは違われます。

私心がなく「国やすかれ 民やすかれ」と祈られます。

毎日、祈られます。

本当に本当に、ありがたいことだと思いませんか。

私に同じことはできません。

誰かできますか?

この国が、この世から、争いがなくなり笑顔あふれますように。

一人ひとりも心からお祈りしたら、いつかそんな時が来るかもしれませんね。

「お祈り」誰でもできること、だからこそ大切にお祈りしたいです。

この世のことを思って。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

起きたら「ありがとうございます」、寝る前に「今日もありがとうございました」、お祈りしましょう。

 



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