「もみじ」の言葉の由来知ってますか。「もみづ」という赤や黄色に変わる動詞の活用から生まれました。

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「もみじ」の言葉の由来知ってますか

こんにちは。

普段使っている言葉、「どうしてこういうのっ」て由来を知りたくなりませんか。

素敵なご本がありました。

高橋こうじさんが書かかれました「日本の言葉の由来を愛おしむ—語源が伝える日本人の心—」です。

ご本の「はじめに」より

私たちが使っている言葉は、どんなにありふれた単語であっても、かつて誰かが生み出し、多くの人びとによってはぐくまれてきたもの。
その由来は、時間と空間を超えて先人たちお私たちの心をつなぐ架け橋です。
そして、この橋を渡ると、感嘆せずにはいられない美しい心に出会える、そんな言葉がたくさんあるのです。

それでは、いくつかの言葉を楽しみませんか。

 

「もみじ」 神様が手ずから揉み出してくれた赤や黄色

秋、木々の葉が赤や黄色に染まることや、そのように色づいた葉のことを、私たちは「もみじ」と呼びます。
この柔らかな音の響きは、穏やかな日本の秋の景色に溶け込んで優しい味わいを醸していますが、いつのまにか忘れられてしったのが、そのものにある意味です。

「もみじ」という言葉は、私たちにとっては純粋な名刺ですが、古代の人にとっては「もみづ」という動詞の活用から生まれた言葉でした。
「もみづ」とは、草木の葉が赤や黄色に変わること。
昔の人々は、現代風に言えば「あの葉っぱ、もみぢているね」というような言葉の使い方をしていて、そこから「もみぢ」という名刺が生まれたのです。
「ぢ」を「じ」と書くことが標準となったのは戦後です。

では、なぜ葉が色づくことを「もみづ」と言ったのか、といえば、もともとは「揉み出(い)づ」だったというのが定説です。
つまり「揉んで出る」ということです。

 

 

私たちは塗料や染料をふんだんに使える世界に暮しているので、物の色が変わる、という現象に慣れてしまっていますが、人工物がほとんどない環境で生きてきた昔の人々にとって、たくさんの物の色が、より派手なほうへがらりと変わる、というのは驚くべき現象でした。
だから、秋の深まりとともに木々の葉が一斉に色づくのをみると、神や精霊の偉大な力を感じていたことは想像に難しくはありません。

でも、神様はいったいどうやって木々の葉を染めるのか。
人々の心に浮かんだのは、自分たちが布を染めるときの手順です。
たとえば紅花染めでは、花を繰り返し揉むことで鮮やかな紅色が得られます。
だから神様も木々の葉を揉んで、内部に潜む美しい色を表に滲み出させているに違いない。
それで「揉み出づ」と言うようになった、と考えられます。

この語源を心に置いて秋の野山を眺めるとき、目の前に広がっているのはただの美しい景色ではありません。
私たちは、神様が手ずから揉み出してくれた赤や黄色を見ているのです。

 

ありがとうございます。

「なるほどっ」て手を打ちませんでしたか。
他にも「わかる」「りりしい」「和える」「うっとり」などなどたくさんの言葉の由来が書かれています。もちろん言葉はまだまだありますから、その言葉ごとに由来があるのでしょうね。

それらの由来は、ときに、えもいわれぬ優しさであり、ときに、見事な知恵。
清らかな信仰心やユーモアのセンスの場合もあります。
ある言葉の由来は私たちの心を癒し、ある由来は笑わせ、ある由来は励ましてくれます。
が、どんな場合でも、必ず置いていってくれるお土産が一つ。
ちょっと誇らしく、幸せな気分です。
なぜなら、私たちも同じく日本語の担い手だから。
すなわち、この日本列島で言葉を生み、育ててきた人々に連なる、日本語文化の継承者だからです。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

言葉の由来!楽しいですね。日本人でよかった!

 

本:「日本の言葉の由来を愛おしむ—語源が伝える日本人の心—
著:高橋こうじさん

 

 

 



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