今日から10月、神無月 神さまってなんでしょうか?

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神さまって?

こんにちは。

今日から10月、神無月、もう10月ですね。
月日の経つことの早いこと。

10月は神無月、神さまが出雲の大社にお集まりになられて、日本中から神さまがいらっしゃらなくなるから。
出雲だけは神有月。
神さまが集まって何を相談されるのでしょうね。
これだけ自然災害、天災が多いから、なくすにはどうしたらいいか相談していただき、人間に教えていただきたいですね。
ん?「人間の我が強すぎて自然を破壊しているからこうなるんだろ」って、はい、神さますみません。

さて、神さま神さまと言いますが、神さまって何でしょうね。
(失礼な言い方でごめんなさい、神さま!)
叔父の本にこのように書かれていました。
(本:「神道の見えないものの力」著:葉室頼昭)

見えないものの力

先日、ある翻訳家のかたからお手紙をいただいて、そのときにアメリカの思想家ケン・ウィルバーの「進化の構造」という厚い本をいただいたんです。
その人がどうして私に手紙をくれたかというと、私の本を読んで、彼が訳されたケン・ウィルバーと私が同じことを言っているということに感動して、この本を送ってくれたんです。
その本にどんなことが書いてあるのか、とても厚い本だから一遍に全部は読めないのですが、ざっと読ませていただいたら、たしかに私と同じようなことを言っておられる。
なかなかの理論家だと思いますが、宇宙の構造について、ひとわたり書いてある。
結局、結論としては、宇宙というのは何か不思議な力によって導かれて動いているんだということで、決してそこには偶然とか、もののはずみとか、突然とか、そういうものはありえないという結論に達しておられます。

私がいつも話しているように、人間がなぜこの地球に生まれたのかという目的は、偶然とか、サルから進化したとか、そういうことではなくて、百五十億年前に、ビッグバンが起こる前に、そこにはやはり神の心というものがあって、その目的に向かってすべて宇宙は動いている。
私はそう思っています。

その神の心というのは何かというと、いつもお話ししているように、神の世界を認めさせて、それをこんな素晴らしい世界であると表現する、そういう人間という生物を生み出そうという宇宙の心が、百五十億年昔、もっと前からあったに違いないと私は信じています。
すべてがその目的のために、まず百五十億年前にビッグバンで宇宙が膨張し、それからものという物質ができたわけです。

最初にできたのは素粒子であり、それがバランスを取って原子というものの最小単位ができる。
そこからすべて始まって、この広大な宇宙に膨張し、無数の星が誕生し、そして百五十億年くらいたって、いまから五十億年くらい昔に地球が太陽から誕生し、そして十億年くらいたって、いまからだいたい三十八億年くらい昔に、地球の水の中に生物が誕生し、そして人間へと進化した。

すべてこうしたことは神の仕組みで起こっていると思うんですね。
偶然に生物が現れたとか、偶然に人間に進化したと言うのではなく、すべて神さまの目的において、宇宙は見えざる力によって導かれていると思うのです。

 

いま人間はあまりにも知識が発達して、傲慢になってしまって、自分の力で何でもできると考えるようになってから、すべてこういう神秘の、目に見えないが実際に働いている真実の力というものを見失ってしまったと思うんですね。
いまこそその原点に返らなければいけない。
われわれはそういう見えない力によって導かれているんだということを、原点に返って自覚しなけばいけない。
そういうときだと私は思っています。

「神道のこころ」あるいは「神道と日本人」でも書きましたが、私のこの七十年の人生というのは、すべて神に導かれた不思議な人生であったように思います。
結局ひとつとして自分で何をしようと考えたことはまったくなく、すべて導かれてここまで歩まされてきたので、私は経験からも、神さまのこころというものが本当だと信じています。

いつも言うように、私は小学生のときから神に近づきたいと思っていたのですが、なぜ神に近づきたいと願ったのか、不思議なんです。
そのために、私は中学生のときから人と競争をするということをしなくなった。
ただ神に導かれて、現在を努力してきた。
そうしたら、神さまが導いてくださるという人生を歩むことになった。
自分でやったのではないけれども、そういうふうにさせられてきたわけです。

そして、東京にいた私が、なぜ大阪の大学の医学部に入ったのか。
どうして入ったとたんに結核になったのか。
どうしてそれが死ぬところまで行ったのか。
そうしてそれが神の世界を見てよみがえってきたのか。
いまから思えば、そのすべてが導きなんですね。
私が博士号を取得したのも、なぜああいうテーマを教授が私にくれたのか。
考えてみたらまことに不思議なことで、人間の体が、祖先の人生とわれわれの人生がくっついて循環しているということを、博士論文の研究のときに知ったんです。
これもまた神さまの導きではないかと思います。

生かされている

それから、なぜ私が、形成外科を選んで、生まれつきの変形の赤ちゃんを回復させようと思ったのか。
これも不思議なことだと思います。
そして、突然、大野病院の院長になったり、医者をやりながらなぜ神職の勉強をするようになったのか、それから、どうして枚岡神社の宮司になったのか。
どうして春日大社の宮司になったのか。
このすべてが導きであって、いま自分の人生を振り返ってみると、すべて春日大社の宮司になるために導かれたように思います。
そして、やはり神の導きというものを人々に広めるために、こういう人生を歩まされてきた。
私は今になって、ようやく神さまのご意思を実感したのです。
だから、この世の中というのは自分で生きているのではない、生かされているのだと、私は「神に導かれている人生」についてのお話をいつもしているわけです。

 

ありがとうございます。

神さまってなに?の答えにはなっていないかもしれませんが、150億年前のこの宇宙も神さまの意思から。
私たち人間も神さまの意思。
京都大の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授(76)がノーベル医学生理学賞されました。
これも神さまの意思?
これだけ文明が進み、文化がないがしろにされているのも神さまの意思?
昨今の自然災害も?

「導かれている」は私も思いますし、そう思えば思うほど導かれていることを感じます。
でも、今のこの世の中はどうなんでしょうね。
ん・・・・難しいな。
また、眠れない夜になってしまいそう。
どこからどこまでが神の意思で、神の意思でないことはあるの?

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
難しいことを書いてしまいました、みなさまのご意見も教えてくださいね。

 
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