名月を愛でながらお茶を一服  名残りの茶事

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(写真:十二世梅若万三郎筆「野中の草の露ならハ」 目片宗弘さんのご本「茶道具が語る年中行事」より)

 

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名月を愛でながら一服

こんにちは。

旧暦の神無月(十月)(11月8日が朔日)ともなると、さまざまに物思いの限りを尽くし、今は遥かに去った時々の思いが、落葉の始まった木々の間から変わらずに訪れる月の光に誘い出され、爽やかな月の光とともに「心づくしの秋」となって訪れます。

今日は目片宗弘さんのご本「茶道具が語る年中行事」(取り合わせの知恵十二か月)から十月のおはなしを。

後の名月

”木の間より もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋はきにけり”
「古今和歌集」秋歌上 よみ人しらず

古来、夜の明かりが儘ならなかった人々は、中秋の名月をこよなく愛し、また、その十五夜だけでなく銀色に輝く月を惜しんで、一月(ひとつき)前の八月(旧暦の七月)の十五夜を「前(さき)の名月」といい、次の満月を「後(のち)の名月」といって賞翫(しょうがん)しました。
古人は後の名月を十五夜まで待てず、「十三夜」を愛でるようになります。

「源氏物語」の「夕顔」の巻に十三夜を賞せる件(くだり)があり、「千載(せんざい)和歌集」(勅撰集)にも九月十三夜の月を詠んだものがあり、謎の歌人といわれる凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の歌集にも、宮中で十三夜の宴がもたれた延喜帝の十三夜観月の歌が詠われたことが出ております。
そして旧暦の八月十五夜と九月十五夜の月見行事を一対となし、八月の月見に人を招いておいて九月の月見に招かないことを「片見月」といって忌み嫌ったほどであります。

 

名残の時期の茶事

名残りの時期というのは、その昔、春に摘まれて茶壷に入れた葉茶が十月ごろになると名残惜しくなり、その残茶を刮(こそ)げ叩(はた)いて催す茶事を名残の時期の茶事と申します。
例えば盛りを過ぎて散り残った花や、咲き遅れた花を「名残花」と称して、わびの境地を見出して名残の風情を賞翫します。

また風炉なども、やつれ風炉を使ったり、極詫びの老巧社には板風炉などもこの時期の茶にふさわしいものでしょう。
なお「やつれ」というのは、茶の湯の風呂釜の状態を示す茶道用語ですが、それが伝世中に腐食が激しく荒れたものを面白く用いるのであって、わびた風情を出すために故意に打ち欠いた状態のものは興を削がれるものです。

 

ありがとうございます。

都会に住んでいると、四季の変化がわかりにくいのは当然なことかもしれません。
初夏に葉が繁るとすぐ刈り取られ、落ち葉は散っていくはしから片づけられます。
ただ、御堂筋のイチョウの銀杏は、唯一、片づけても、独特の匂いで秋と冬の節目がわかりますね。

旧暦時代の1269年間は、町に住もうといなかに暮そうと、暦で季節は明瞭に示されていました。
春は1月から3月末日まで、そして4月1日からは夏。
どうあろうと7月1日から秋が始まり、12月末日に冬は終わりを告げました。
多少、「今年は春の初めが寒うございましたね」ということはあっても、1月1日は「春節」だったのです。
私たちのご先祖は、中国から伝わった農暦によって季節を受け取り、3ヶ月の一季節を、花鳥風月に託して歌を詠みました。
しかし、いまの暦は、もともと季節とは無縁に作られていますね。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
季節を大切にする、季節を楽しむ、日本人って本当に自然と上手に付き合ってましたね。
まだまだ知らないことばかり、一生学びが楽しくて!

 



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