「十三夜」「後の月」「芋名月」 様々な表情を見せる月

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(絵:「風流源氏つくだ」 歌川広重・三代豊国 )

 

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「十三夜」「後の月」「芋名月」

こんにちは。

10月に入るとますます空気が澄み、夜空も美しさを増してきます。
秋の月は吸い込まれそうに美しく、十五夜が終わってしまっても毎日お月見したくなるほどです。

十五夜は旧暦8月15日に見えるほぼ満月のことですが、十三夜は旧暦9月13日に見える少し欠けた月のことです。
現在の暦では必ず10月13日に見えるというわけではなく、その年によって変わります。

今年は10月21日の日曜日、楽しみですね。
十五夜に対して「後の月」ともいいます。

 

片見月

十五夜は里芋をお供えることが多いため「芋名月」とも呼ばれていますが、十三夜は栗や豆を供えるので「栗名月」「豆名月」ともいいます。

現在では十三夜はマイナーな行事になってしまっていますが、十五夜か十三夜のどちらかしか見ないのは「片見月」といって縁起が良くないそうです。
勿論そうではありません、あくまでも信仰のひとつですね。
この慣習は遊郭、吉原の客寄せの一環として生まれたという説があります。
江戸時代の遊里では十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は片月見で縁起が悪いと遊女らに嫌われました。
8月15日に来た客を9月13日にも来させるために江戸の遊女が考えたという訳ですね。
なんとも商売上手ですね。
宮中での催し物でもあったので他にも理由はありそうですが、いずれにせよ十五夜と十三夜は一対のものであった、ということです。

十三夜の少し欠けた月は趣があり、十五夜に次いで美しい月といいますから、ぜひ十三夜には夜空をのんびりながめてみてはいかがでしょうか。
月見団子は十三夜にちなんで13個で、1段目が9個、2段目が4個です。
ススキや栗・豆とともにお供えします。

 


(絵:「江戸名所高輪の月見」歌川国輝 画)

十三夜に曇りなし

十三夜の月見は、中国から十五夜の月見が入って来る前から日本にあった風習です。
宇多天皇(第59代天皇(在位:887年(仁和3年) – 897年(寛平9年)、醍醐天皇(第60代天皇(在位:897年(寛平9年)- 930年(延長8年)の頃に観月として開催されたそうです。
旧暦八月の十五夜は台風に季節でもあり、十三夜の方が晴れる確率が高いために広がった風習のようです。
だから「十三夜に曇りなし」ということばもあります。

かつて十三夜と十五夜の二夜だけは、他家の月見のお供え物を盗んでいいとする風習がありました。
盗んだお供え物を食べると健康になり、盗まれた方には幸せが舞い込むなどといわれていたようです。

 

ありがとうございます。

日本人は古くから月を愛でてきました。
神秘的な満ち欠け、闇夜をやさしく、時に妖しく照らし、様々な表情を見せる月に、日本人の感性は揺り動かされるのでしょう。
十三夜、十五夜、十六夜、朧月、有明月など、これほど多くの月の別称を持つ民俗はありません。

十三夜と十五夜。
どちらも秋の収穫に感謝をし、また月を愛でる日として今でもその風習が受け継がれているものです。
しっとりとしたもの静かな中ひとり月見酒をたのしむのも、また家族で語らいながら秋の味覚を味わうのも素敵ですね。
みなさまはどのように十三夜を過ごされますか。

収穫といえば「実りの秋」、稲刈りもこのころがピークです。
収穫したお米は「新米」と呼ばれ、この時期でしか味わうことができません。
ふっくらツヤツヤの炊きあがり、立ちのぼる湯気の香り、ほおばると口に広がるほのかな甘み・・・。
日本人でよかったなぁと思ってしまいますね。

食いしん坊万歳!

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
お月見、風流ですね、このような遊びをみなさんがされたらいいなと思ってるのは私だけ?
風流ってどうして「風」が「流」れると書くのでしょうね?

 

参考
本:「大切にしたい、にっぽんの暮らし」著:さとうひろみさん
本:「季節のの行事と日本のしきたり」監修:新谷尚紀さん
明日のネタ帳「【2018年】十三夜とはいつ?意味・風習・読み方についても解説」

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