日本茶の真心を伝えつづける「伊達茶」

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伊達茶は美味しい!

こんにちは。

先日、仙台にお伺いしたとき伊達家十八代当主の伊達泰宗さまから伊達茶をいただきまして。
ご当主と食事の時に浄住寺のお茶の話をしてましたら「伊達にも素晴らしいお茶があるよ」とのお話しからご縁をいただきました。
でも、失礼ながら仙台にもお茶があるのですね。
お茶の栽培の北限はどこなのかなと。

お茶は比較的温暖で、かつ適度な降水量のある地域で栽培されます。
近年、北緯45度から南緯45度にわたる地域で広く栽培されています。
北は青森から南は沖縄まで広く栽培されていますが、東北地方ではごくわずかしか栽培されていません。
お茶の流通のある栽培地として、新潟県村上市と茨城県久慈郡太子町を結んだ線付近とされています。
東京都茶協同組合さまのHPより

そんな流通線の北限を超えてご縁をいただき、素晴らしいお茶を栽培されている矢部園茶舗さん
そのHPから素敵なお話がありましたのでご紹介させてください。

日本茶の真心を伝えつづけて、八十有余年

日本茶は単なる飲みモノではありません。
一服には、お茶を作る人、お茶を淹れる人の真心が込められ、そしてお茶を飲む人に至福の時間をもたらしてくれます。
一服の茶に込められた真の心意気。
日本茶のコトを知れば知るほど味わいは増し、よりおいしく楽しく、嗜むことができます。
矢部園は、日本茶の真心をお伝えし、みなさまに本物の嗜みの時間をご提供します。

「嗜(たしな)む」とは、ご存知のように「このんで親しむ」「愛好する」「芸事などの心得がある」などの意味がありますが、もう一つ、「前もって用意しておく」「気をつける」「心掛ける」「見苦しくないように整える」ともあります。
これはお茶の手前にも通じることです。
自分が嗜む美味しくいただくお茶は、人にも嗜む気持ちで一煎差し上げるのです。
お茶を通じて、人と人を結ぶこの嗜みとても素敵なことですね。

 

お茶を作る人の真心「一樹懸命」

茶樹の育みの真髄は、樹勢にあります。
しっかりとした根が大地に張っているか、その大地は痩せていないか、いま茶樹は疲れていないか。
お茶を作る人は、日々、茶樹と対話を重ねていきます。
植えてから葉が摘めるようになるまで、5年以上の歳月を要する茶樹は、お茶を作る人の向き合い方を素直に映し出します。
収穫の時、一樹一樹を労(ねぎら)い、蓄えた樹勢に感謝を込めて、葉を摘む。
その真心が育んだ健やかなる樹勢が、おいしい一服へと繋がるのです。

「労う」とは、相手の労苦をいたわることとあります。
お茶を作る人は(すべてのモノづくりの方も一緒)、きっと命より大切な茶樹を心から愛し、その成長のために労を惜しまず月日を重ね、一樹に労いの心が生まます。
そして茶師は茶樹にだけでなく、その茶葉を一服する方がよろこびホッとするそのひと時を思い労を惜しまず励まれます。
そんな一樹と茶人に茶をいただく私たちは労いと感謝の気持ちが大切なんですね。
「ありがとうございます」って。

お茶を淹れる人の真心「一葉入魂」

急須の口からこぼれる茶の雫。
最後の一滴にまで含まれる樹勢を余すことなく、丁寧に淹れられたお茶には格別なおいしさが宿ります。
様々な種類、様々な淹れ方。
渋み、甘み、旨味、香ばしさが織り成す繊細な味わい。
数多ある茶器の数々に、より至福を高めるお茶請けなど。
あまりにも懐深く、引き出しが多いお茶の世界から飲む人が求める一服に辿り着きたいと願うことが、おもてなしの心得です。

一滴のうま味。
たかが一滴されど一滴、この一滴のために茶樹は、茶師は、そして器も茶請けも茶菓子もすべてが力を合わせて事を成します。
そこには無数の思い(命)が宿っています。
だからこそ本当のおもてなしがおこなわれます。


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お茶を飲む人の真心「千服一遇」

お茶の嗜みを知るためには、まず心からおいしいと思える本物の一服に巡り合うこと。
真心が込められた茶葉と、真心が込められた茶雫。
真の心意気が宿る一服に巡り合い、そしておいしいと思えた時、お茶に対する好奇心は芽吹き、飲むほどに嫌き、嗜み方が広がります。
あまりに懐深く、引き出しが多いお茶の世界。
だからこそ必ず辿り着ける、自分にとっての本物との出逢い。
矢部園には、その出逢いが待っています。

本物とは、すべてが真であること。
偽りのない心が宿していること。
そんな当たり前のことが失われてきている現代、本物を探すことの方が難しこの時代。
一服の真の茶を喫することで人生を改めて楽しみませんか。

ありがとうございます。

お茶は文化であると誰かが言いました。
お茶だけではありません、多くの人の思いが繋がってできるものすべてに文化があると思います。
文化とは人が自然とともに共存しそれに感謝をし、相手を思いやる心から生まれてくること。
そんなことを忘れてしまった現代。
お茶を通じて改めて気づくことができれば、それが本当の茶の道かもしれませんね。

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
お茶とは草冠に中に人を置き下に木と書きます。草木が人とともにあるのです。我などありません。

 



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