「年」と「稔」 古代和暦のトシの意味は農事を一年としていました

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お正月と神さま

こんにちは。

正月もあっという間に過ぎ去り、お仕事に忙しい毎日が始まってしまいましたね。
ここ最近は、年末年始でお正月を感じることが少なくなってきたなと思いますが、お正月、特に三が日の過ごし方は昔から言い伝えがあるのですよ。
お正月は神さまが降りってきてくださるので、お迎えするためにしてはいけないことを伝えています。
それは
●神様を掃いてしまうので「掃除をしてはいけない」
●荒神である火の神様を怒らせないように「火を使ってはいけない」
●福の神を流さないように「水仕事や風呂に入ってはいけない」
●よい縁を切らないように「刃物を使ってはいけない」
●この一年が散在の年にならないように「大金を使わない」
ご存知でしたか。

だから昔は年末に用意をして正月三が日を家で神様をお迎えして、一緒にのどかに過ごしていたのですね。
さて、昔の昔の人たちはどのように暦を読みすごしていたのでしょうか。
今日は柳生博さんが書かれた「和暦で暮らそう」の本より楽しみたいと思います。

 

現代と全く違う「トシ」観念

日本に旧暦が伝来したと推定されるのは六世紀(百済の暦博士が来日)。
朝廷がようやく官暦らしさを整えたのは七世紀末の飛鳥時代・持統天皇の治代。

和暦は、基本的には農事の便宜を目的とした自然暦であったろう・・・。
学者の間では、どうやらこれがコンセンサスのようです。
その決定的な証拠として挙げられるのが、魏志倭人伝に記載されている次のような注です。
「倭人は正歳四時(せいさいしじ)を知らず、但し春耕秋収を記して年紀となす」

正歳とは、月日を数える基本をなす年首・正月の意(ただし、もっと緩やかに解釈して、古代中国で発見された天文学的な一年の周期律、あるいは暦年=正確な一年間のこと、と理解するほうがわかりやすい)。
四時とは、四季を分ける二至二分=冬至・夏至・春分・秋分のこと(春分・秋分は「時正」とも呼ぶ)。
「但し」以下の記述は、種蒔きから収穫までの期間に生じる様々な自然変化現象を記録して一年間の暦の代用にしている、という意味。

もっとわかりやすく意訳してみましょう。
「倭国の民はいまだ未開にして、わが中華文明の偉大な発明である太陰太陽暦(旧暦)の恩恵に浴しておらず、ために年月を正しく教えるすべをしらない。しかし、きわめて素朴な農事用の自然歴(和暦)程度のものなら、すでに自分たちで考えだしている」

ここから、古代日本人の「トシ」概念は、(一太陽年で表されるような)法則的・無限連続的に循環するものではなかったのではないか、という説が出されています。
それによれば、トシとは、草木が萌えいづる春の農作業開始から秋の収穫までを指す単線的な二点間のインターバルであり、それ以来の約二~三ヶ月間は、トシに算入されない余りでした。
また、そもそも古代人の考えでは暦は一年限りのものであり、旧暦伝来以前に天皇が持っていた”日置歴”も、一年限りで一切をリセットしてしまうものであった・・・とする説もあります。

 

古代日本語のトシの意味は「年=稔」

日本民俗学の祖・柳田國男は「トシは稲作の一期を画する言葉」であると同時に、その原義は「稔・収穫」であったと主張しています(稔を「とし」と訓(よ)ませる人名も意外に多い。稔麿、稔仁など)。

いにしえの日本人は、年の循環を稲作の初め終わりに結びつけ、トシの始めに田の神を迎えて種を蒔き、収穫をもたらしてくれた田の神を送ってトシが終わる、と考えていたというのです。
したがってトシは、自然と大地の恵み、神から生命の糧が与えられるひとつのサイクルを表す言葉であると同時に、一年間の実りそのものを意味する。
今も「年俵」(稔俵)をもって、正月の神を迎える祭壇とする祭礼を伝承している農村もあるようですが、よほど古い起源を持つ風習といえます。

同様に、ヨ(世、代)も近世まで二重解釈されていました。
柳田國男は最後の大著「海上の道」で、次のように記しています。
「ヨとい日本語は、漢字の「世」をもって処理せられてから、だんだんに永い期間と解するようになって来たが、本来は竹の節と節との間をヨというのと同じ語で、ことに稲作の一期を限ってそういうことは、日本の方では弘くまた久しく、たとえば「続猿蓑」(注・芭蕉が加筆したとされる江戸中期の俳諧)の連句の短句にも、
  奥の世なみは近年の出来
とあるのも稲作のことで、今も年とった人の中では、そういう言葉使いはよく通用する」

ヨもまた、「稲作期間」と同時に「毎年の収穫」も意味する言葉だったわけですが、<年=稔>のダブル・ミーニング説は、農事歴のトシ概念を考えるうえで強烈な説得力を発生します。

つまり、トシが改まる正月にお出でになり、トシ(稔)をもたらしてくれるトシ神様(年神・歳神)が、田の神(山の神)、土地の神、氏神(祖霊神)などに限りなく近い存在であったことを示唆しています(じつは同じ!)。
とすれば、日本のほとんどすべての神事・年中行事は、古代の農耕儀礼に起源を持っている可能性が強くなります。

昔の人が「オリメ(折目)」と呼んだ、一年を通した節供・節日・祭祀・物忌などのすべての伝承習俗は、もともと水稲栽培のつつがなきを祈る、節々折々の行事であったものが、後世さまざまに変貌を遂げて今日に伝わっていると考えられます。
「和暦=農事暦}を知ることは、すなわち、私たちのライフスタイルの拠って来たるルーツがわかることになります。

 

ありがとうございます。

古代の人たちがどれだけ農作業を大切にしていたかがわかりますね。
今当たりまえのことが、過去に当たりまえではなく、その長い歴史の過程に変化してきて今日にいたっていることがたくさんあるのではないでしょうか。
大昔、過去に、長い間とても大切にしてきたことを改めて知ることが大切ではないでしょうか。

現代においては文明をとても大切にし追いかけて来たことにより、とても便利な世の中になったかもしれませんが、過去でも現代でも大切なことは「食」かもしれません。
「人」を「良くする」と書く「食」が人を育てていくのではないでしょうか。
自然を大切にし敬い、畏れるからこそ祀る、祭る、そして感謝する。
とても大切なことと思います。

今年は「御代替わり」です。
別の書き方をすれば「御世代わり」です。
「代」が「世」が変わる年(稔)です。
この「ヨ」が変わるのは世界中で日本だけです。
そこには深い神に意思があるのではないでしょか。
改めてこの節目をしっかりと考え、この星が笑顔あふれる毎日となりますように一人一人が精進して過ごされることを願います。

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
和事のルーツをどんどん遡っていくと、そこには現代の常識を覆す驚異の真実を発見するかもしれませんね。



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