「露地」 茶会へのプロローグ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

 

スポンサードリンク

今日はお水取り、もう春はそこまで

こんにちは。

奈良の東大寺の二月堂で「お水取り」。
くらやみの中で、パチパチザザアと燃えて落ちる「おたいまつ」。
十二日の深夜、若狭の水を二月堂の中にうつす儀式。
籠松明(かごたいまつ)のいっぽんの重さは八十キロ。
大松明の火は、二月堂の欄干でふりおとされます。
この燃えかすをひろうと、無病息災。
東大寺のお水取りが終わると「もう、春やなあ」と、どこかうきうき。

春の語源は、「万物の発(ハ)る季節」「季節の芽の張(ハ)る時」などから。
なんにも変化がないように見える土の下から、突然顔を出す小さな芽。
その間に、もう準備は進んでいたのですね。

お茶室へ向かう路地にも新芽がそろそろ。
ご亭主がお客さまのためにかがみながら「よいっしょ」と手作業を。

今日はそんな露地のお話しを。

 

露地とは心を「露わ」にする道

茶会は茶室の空間だけで行われるのではなく、待合から茶室へと導く露地から始まります。
露地という言葉には、茶会にのぞむ客は身分に関係なく、心を「露(あら)わ」にして歩を運び茶室に入る、という意味も込められているそうです。
露地には飛石、石灯籠、腰掛待合、蹲踞(つくばい)などが配置され、花の咲く木は避けられます。

水が打たれ、常緑樹や苔に反射する淡い光の中、飛び石の上を歩き、苔むした石灯籠を垣間見るとき、都会にいながら、喧噪から離れて自然に抱かれている自分を発見するはずです。
露地は日常世界から別世界へと導く通路。
茶室へのプロローグです。
この通路を渡るからこそ、茶室でお茶を十分に楽しむことができるのです。

 

亭主の心入れ

そのため、露地は自然の野の姿がよしとされ、自然の趣を大切に、亭主は茶会のテーマや季節を考慮して整えます。
ここにも「美」を発見することができますが、この自然美をつくる工夫が、随所に隠されています。
例えば、秋なら赤く色づいた落ち葉の風情を考えて、掃き清めるとか。
また、客が歩きやすいように飛石の高さにもこだわるとか。

茶会の当日には、早朝から露地の最終チェックが行われます。
落ち葉を拾い、木々の景色を整え、露地を打ち水で清めます。
飛石のくぼみにたまった水を雑巾で拭くといった、細部にわたる心配りもされます。
露地を歩くとき、露地の美と亭主のおもてなしの心を感じとりたいですね

(文:「茶道のきほん」著:有職菓子御調進所 老松 主人 太田達さん監修)

 

ありがとうございます。

お茶の会には日本文化のすべてが凝縮されています。
気配り、思いやり、感謝のこころ、おもてなし。

「利休七則」にはこう書かれています。

茶は服のよきように点て
炭は湯の沸くようにおき
花は野にあるように
夏は涼しく冬暖かに
刻限は早めに
降らずとも雨の用意
相客に心せよ

一碗のお茶をおいしく飲んでもらうために亭主は何日、何ヵ月も前から準備をします。
例えば炭が上手におこるように、茶会の一週間ぐらい前から炭の準備を始めます。
露地も自然の景色を大切にしつつ、落葉一枚、飛石の水一滴にも心をとめます。
すべてが、この日このときの一期一会の出会いのための亭主の心づかいです。

客はこの亭主のもてなしに感謝で応えます。
露地、茶室、道具をそんな心で見てみてください。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
何事もお客さま、相手のことを思いやりながら最善のことを考えその時を作るのですね。お茶の席の時だけでなく日頃からこのような心でいたいものです。

修二会の「お水入り」 ご存知ですか?
利休は偉大な経営者でもあった!
「茶の湯」には日本の美、日本人の心が詰まっています



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

スポンサードリンク
Translate »