「茶樹王」と「神農」 お茶はいつから飲まれたのでしょうか (お茶の学び)

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茶は四千年前から飲まれていた

こんにちは。
昨日の続きで、今日はお茶の歴史「いつから飲まれてたの?」

お茶はいつから飲まれたのでしょうね。
中国に「漢方は二千五百年。茶は四千年」という言葉があるそうです。
漢方薬は二千五百年前から使われ出し、茶は四千年前からあると言うことだそうです。

 

樹齢八百年の木

現在「茶」の木の原産地は雲南省と四川省に近い山間部とされています。
その雲南省の南糯山に「茶樹王」と言われる大木があります。
樹齢は八百年、主幹の直径1.08m、樹高9mといわれます。
この大木の説明は「哈尼族の伝説によれば、すでに五十五代の人が茶を植えてきている」とされています。
またこのような「茶」の大木は雲南省だけで三十件が確認され、中には樹高三十mのものあるとのことで、それらが自然種か栽培種か学術的に判断が下せないそうです。
そうであるならば茶樹の栽培は相当な歴史を持っていることになります。

 


(写真:「ふじのくに 茶の都 ミュージアム」さんのHPより

「神農」のお話し

中国の伝説では「農業や薬草の神」とされる「神農」が木陰で湯を沸かしているとき、一枚木の葉が鍋に落ちたが、その木の葉の落ちた湯が何とも芳しい香りがしたため、思わずその湯を飲んだ。
これが「神農」の「茶の発見」といわれています。

この伝説を彷彿とさせるものとして、雲南省のタイ族やワ族に現在まで伝わる「焼茶」とよばれる飲み方があります。
枝ごと摘んできた茶葉を囲炉裏で炒って、そのまま湯の鍋の湯に入れぐらぐらと鍋で煮て飲む方法です。
この方法と人が最初に茶を飲料として利用した姿とは、余り大差がないと思われます。
古代は現代より生活に火が身近にありました。
薪として採ってきた小枝を囲炉裏にくべると、芳しい香りがしたので、これは使えると思ってお湯に入れて炊き出すことは、十分に考えられることです。

茶の利用が余りに身近で、特段の技術も必要がないことは、逆に利用の起源を遡ることを難しくしていますね。

 

(写真:「中国の物語」神農さんのHPより

神農さんとは

中国の歴史の中で、お茶が登場するのはこの神農さんのお話し「神農、農業・漢方の祖」の逸話からとなっています。
神農さんは、薬草とお茶の葉を食べていたと伝えらています。
この伝説から、お茶の発見は紀元前2700年ごろと考えられています。
だから、「茶は四千年前から」といわれるのですね。

漢の時代(紀元前1世紀)の医学書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』には、「茶味苦、飲之使人益思、少臥、軽身、明目」の記述があります。
すでにこのこと、お茶はよくしられていたそうです。
また、四川の王褒(おうほう)が記した、主人と奴隷との間で交される契約文『僮約(どうやく)』の中に、「武陽で茶を買う」とあります。
これによると、当時すでに飲茶の習慣があり、売買が行われていたことがうかがい知れます。
この『僮約』が、現段階では茶具に関する最初の文献とされています。
このころからお茶は、主に上流階級に嗜好品として愛飲されるようになります。

唐の時代(760年ころ)、陸羽(りくう)の記した『茶経』は「茶者、南方之嘉木也(茶は南方の嘉木なり)」で始まっていることから、初期のお茶は南方で始まったと考えるのが定説です。

 

ありがとうございます。

お茶は四千年も昔から飲んでたんですね!
樹齢八百年の「茶樹王」。
そういえば知人が数年前に、中国の奥地の10mの茶の木の葉を摘みに、いや取りに行くと言ってました。そんな茶の木の大木があるなんてと思ってましたが、実際にあるのですね。

浄住寺にも茶の木の母がいます。
栄西が日本に茶の種を持って帰ってきて植えた場所の一つとされています。
その時から繰り返し繰り返し交配がなされてきていると思ってます(ちゃんとした論文はありませんが)。

どちらにしても古くから人々に親しまれてきたお茶。
やはり身体にいいと感じるから煎じて飲み続けてきているのでしょうね。

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
そんなお茶の文化を現代でも大切にしたいですね。

 

参考
中国でのお茶の歴史
お茶百貨

(旧文:2014,11,21 再編集)

 



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