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明日・あさって・しあさって

 

「明日・あさって・しあさって」

お月さまは、日本人にとってとても大切

 

こんにちは。

旧暦の3月10日、赤口(丁亥(ひのとい)。

お月さまは月齢9.0、半月、上弦の月を過ぎたところです。

日本は古来よりお月さまと暮らしてきたことはご存知ですよね。

暦もお月さま一緒に28日で一月としてました。

それがどうしたの?という話しかもしれませんが、とっても大切なことと思います。

いつの日からか太陽の暦に代わってしまいました。

月のありがたさを忘れてはだめですよ。

さて、今日はそんなお月さまに関係するお話しです。

 

1日の始まりは、日の出ではなかった

 

かつて1日の始まりは、日の出ではなかったそうです。

深夜の12時でもありません。

1日は前日の夕暮れから始るのでした。

一日は、夜から昼への順序になっていたのです。

そのように夜を中心にした時の区分では、ユウベが一日の始まりでした。

暗い時間に先立つユウベが、一昼夜の初めであった証拠に、前日の晩、つまり昨夜のことをユウベといいます。

ヨンベという地方もあります。

 

 

ユウベとアシタ

ユウベに対する語はアシタでした。

奈良時代にはアシタは朝のことで、暗い時間を越えた時をいいました。

ユウベが一日の始まりで、ヨイ・ヨナカ・アカトキと続いてアシタで終わります。

夜が終わって明るくなるときがアシタでした。

「万葉集」では「かく恋ひむものと知りせば 夕べ置きて あしたは 消ゆる 露ならましを」と、夕べとあしたを対比して歌っていますが、このアシタは朝のことです。

 

アシタ、アサッテ、シアサッテ

 

アサ(朝)はユウ(夕)に対する語で、「朝風」「朝帰り」のような複数語を作ります。

アシタはユウベに対する語であって、単独に使用されることが多いです。

今日の次の日は明日です。

アシタは夜に何か事があったその次の朝、翌朝の意味にもなり、妻問い婚がふつうであった平安時代には、「夫が宿泊していった翌朝」の意味で用いられました。

それより以前すでに奈良時代には、夜が明けたその先に重点がおかれるようになっており、明日の意味のアシタに進化した使い方が見られます。

アシタが明日の意味に変わってから、明後日のことをアサッテというようになりました。

アサッテは、「明日去りてのち」の意味で、平安時代にはアサテといいました。

室町時代のことばを収録した「日葡辞書」にはアサッテの形で記載されています。

 

東京中央部や西日本では明明後日は、シアサッテといいます。

今日・明日・明後日と数えて四番目の日に当たるから「四アサッテ」と呼ぶのです。

沖縄ではしあさってのことをユッカ(四日)というところがあります。

富山・岐阜・三重ではサーサッテ・ササッテといいますが、これはサアサッテから来ています。

「サ」は「さ来年」「さ来週」のサと同じく「次の」を意味します。

漢字では「再来週」などと書くが、再は当て字てす。

 

 

地方によって違うシアサッテ

 

ところが、シアサッテというと明明明後日をさす地域があります。

東日本つまり関東一帯・東北では、明明後日をヤノアサッテ・ヤナサッテ・ヤネアサッテのようにいい、その次の日がシアサッテです。

明日から数えて四日目、明後日の翌翌日だからシアサッテといったのです。

この場合は、アシタ・アサッテ・ヤノアサッテ・シアサッテの順になります。

 

シアサッテを明明後日と思っている西日本の人が東日本の人との約束事に「しあさって」を使用するときには注意がいりますね。

「しあさっての正午にAホテルで待つ」などと約束して明明後日に待っていても、明明明後日をしあさってと思っている相手は現れません。

しあさってを明明後日の意味で使用する西日本では、しあさっての翌日をゴアサッテという「五アサッテ」と考えたからです。

同じく明明後日がしあさってである東京の中央部は、その翌日をヤノアサッテといいました。

アシタ・アサッテ・シアサッテ・ヤノアサッテの順です。

東京では関西方言の影響で明明後日をシアサッテとしたのでしょう。

ヤノアサッテを「広辞苑」は「弥のあさって」に由来すると解しています。

「弥」は数が多いの意。

宮城県に分布するヤノヤノアサッテは、東日本のやのあさって(明明後日)にヤノをさらに付加した明明明後日をあらわす形です。

参考:ことばの由来   (著)堀井 令以知

 

ありがとうございます。

 

ふっ~!書いていて難しかった。

今の当たり前、昔から当たり前ではないし、この地方で当たり前が、他の場所へ行けば当たり前ではない。

そんなことがたくさんあるのでしょうね。

特に、私がいつも気にしてしまうのは、この当たり前がいつから当たり前なんだろうと。

平安時代と今の当たり前、常識を比べると全然違いますよね。

そんな古い話でなく、江戸時代でも全然違うことがたくさんあります。

もちろん、どの時代の当たり前も日本人の伝統と感性の中で当たり前であり、それで結構と思います。

でも、今のこの時代の当たり前は、何千年と続く日本の文化を置き去りにしてしまっているように感じてしまいます。

とっても大切なことは、自国の文化に誇りをもって大切にしながら、その時代に合った当たり前を作っていくことではないでしょうか。

いつまでも大切にしたいですね、日本の伝統文化。

そして、これからも子どもたちにも伝えていける当たり前のことを大切にしたいです。

 

今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

日本は本当に素敵ですね!

 

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