和紙の着物 初めて知りました
誉田屋源兵衛さん
みなさま、こんにちは。
今日のお話しは、私がとってもびっくりしたお話し。
成願さんが主宰されている「Men‘s Kimono Club」での「大人の勉強会」で誉田屋源兵衛さんを訪れました。
誉田屋源兵衛さんは、京都室町で創業280年以上の歴史を持つ老舗帯匠。
今は十代目当主の山口源兵衛さん。
日本に残る、世界に誇れる最高の技術と伝統の精神を残したいと、とても強い思いで進まれていらっしゃいます。
その誉田屋源兵衛さんでは、「和紙」で着物が織られるのです。
そして、今日、私が着ていた着物が「和紙」で作られていたとは。
正直、麻で織られていたと思ってました。
誉田屋源兵衛さん、とっても失礼をしておりました。
申し訳ございません。
誉田屋源兵衛さんが手掛けられる和紙を用いた着物や帯(紙布・紙子)は伝統の技と現代的なデザインが融合した、とてもとても芸術性が高い逸品です。
ご縁がありましたら、是非とも誉田屋さんをお訪ねくださいね。
それでは、和紙の着物を楽しんでまいりましょう。
ありがとうを世界中に
Arigato all over the World
noteをはじめました。
宜しかったら、のぞいてみてくださいね。
Qのインスタも宜しくお願いします。

昔々の人は何を着ていたの、から
改めてですが、毎日着物を着ているのに、着物のこと、知らないことがたくさん。
着物とは字のごとく、着る物、ですよね。
先ずは、昔々の人は何を着ていたのでしょうか、から(笑)
1万年前の縄文人は、地球が暖かくなり植物がよく生えるようになったので、麻や楮(こうぞ)など、草や木の薄皮で布を作った「編布(あんぎん)」や動物の毛皮などを組み合わせた衣服を着ていたようです。
福井県の鳥浜貝塚から出土した麻の布は、現代の麻のハンカチぐらいの目の細かい布とのこと。
その作り方は、ゴザやスダレをつくるのと同じ方法で、とても時間がかかったそうです。
半袖の上着と半ズボンを作るのに、毎日休みなく作っても1年1か月ほどかかるそうです。
(縄文人が何を着ていたかは面白いですね、改めて書きたいです)
それでは、弥市時代にはどんなものを着ていたのでしょうね。
3世紀に書かれた中国の歴史書「魏志倭人伝」の中に弥生人の服装について書かれているそうです。
男性は頭にハチマキをして幅の広い布を腰に巻きつけて結んだだけの「横幅衣(おういふく)」の格好を。
女性は布の中央にあいた穴から頭を出す「貫頭衣(かんとうい)」を。
男性と女性の服の様式は違っていたようですが、人々はみな、まだ裸足だったそうです。
(参考:全国子供考古学教室)

誉田屋源兵衛さんが作る和紙の着物と帯
和紙の着物、私が全く知らないので、先ずは学んでいきたいと思います。
和紙で作られた着物は平安時代の中ごろ(10世紀ごろ)から始まったとされていて、「紙衣(かみこ・かみごろも)や「紙子」と呼ばれていました。
和紙は繊維がいっぱい詰まってるので、風を通さないので、麻や絹より暖かく、優れた防寒着として日本の歴史の中で長く愛用されてきたそうです。
室町・戦国時代には、軽くて風を通さず、動きやすいので武将たちの戦場での防寒着(陣羽織や胴服)として広く着られるようになりました。
伊達政宗の時代の仙台藩では紙布が織られており、支倉常長が遣欧使節としてヨーロッパ各地を訪れた時に、ローマ法王に献上したという文献も残っているそうです。
江戸時代に入ると紙の生産量も増えて、庶民にも普及すると、一般の人たちには安価な日常用の防寒着や紙合羽として大流行したそうです。
松尾芭蕉も旅の防寒具として紙衣っを愛用していたそうです。
江戸の中期(元禄時代ごろ)になると、ただの安価な防寒着としての役割だけでなく、富裕な町人や文化人が「粋(いき)」な着物として、あえて高級な和紙や、古い手紙(恋文)を張り合わせて仕立てる贅沢な紙衣も登場したそうです。
おっ!本当に何と粋なことか!
紙布糸は楮三椏で漉かれた和紙を細長く裁断して撚(よ)りをかけて糸状にするまで、すべて手作業で作られているそうです。
絹とは違う軽やかな素材感、そして水と土と太陽エネルギーを凝縮した植物繊維の織物です。
(参考:「帯ときもののやまぐち」さんより)

ありがとうございます
誉田屋源兵衛さんの和紙の着物のこと、まだまだすてきがたくさん。
宜しければ、検索してみてくださいね。
下記は主催者の成願さんが書かれたことです。
すてきなお話しなので、ここで共有させていただきますね。
この日のお話は、単なる「帯づくり」や「伝統工芸」の話ではありませんでした。
「ものづくりの真髄」をたっぷり学ばせていただきました。
何を守り、何を変えるのか。
そして、次の時代に何を残すのか。
「不易流行」を実践し、日本古来の素材の価値を再び人々の感動価値へと高めようと実践されておられる。
食事を交えながら、3時間を超えて語っていただいたお話の一つひとつに、長い歴史の中でものづくりと向き合ってこられた方だからこその、重みがありました。
私自身、改めて感じたことがあります。
「素材」にこだわることの重要性です。
着物を着るだけで、着物文化は未来へ残るわけではありません。
その背景にある歴史を知り、職人の技を知り、そこに込められた美意識や精神を知る。
そして、それを次の人へ伝えていく。
それもまた、着物を愛する私たちにできる、大切なことではないでしょうか。
メンズキモノクラブは、単に着物を着て集まるだけの会ではありません。
着物を入り口に、日本の文化、美意識、ものづくり、そして先人たちの知恵を学びながら、「日本の誇り」を次の時代へ伝えていく。
そんな大人の集まりでありたいと考えています。
メンズキモノクラブでは、一流の職人さん達や、その道の第一線で活躍されていらっしゃる方々の貴重なお話や制作の現場を拝見して、感動を新たにし、伝統文化の価値と日本人の誇りを広げる活動をしております。
改めてですが、すてきな日本の文化。
皆さまは、日本の文化をどのくらい楽しまれていらっしゃいますか。
と、言っている私もまだまだ知らないことがたくさん。
だから、今、楽しいことばかり。
60歳には60歳の楽しみ方。
10歳の子でも楽しいことがいっぱいありますよね。
皆さまと一緒に、このすてきな日本の文化を楽しみましょうね。
今日も最後までありがとうございました。
日本のすてきを一緒に楽しみましょう。
Thank you. Let’s enjoy the beauty of Japan together. 🌸🍵
追伸
紙は平仮名で「かみ」、神も平仮名で「かみ」、他にも上や髪も。
大切にしないといけないですね。
参考
「神はサイコロを振る」成願義夫さんのお話し
着物は素敵3「アロハシャツ」
「きものの日」にお話し二つ
この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.
#ありがとうを世界中に
#ArigatoAllOverTheWorld





