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くさっても鯛

 

こんにちは。

八百万、目に見えないものまでにも「ありがとう」と思える和の心が、この星をいつも笑顔あふれる幸せな毎日にすると信じている葉室です。

今日は先日お会いした和歌の先生、小黒世茂さんから送っていただいたご本「日本のわすれもの-記紀に游ぶ」より鯛のお話し。

どんなめでたいお話しになることでしょうか。

 

腐っても鯛

昔から鰯よりも鯛がよろこばれてきました。

神前にそなえ祭事にももちいました。

語呂合わせのめでたいもあって、現在でも冠婚には欠かせません。

鰯はいやしいに通じると、地位ある人ほど鰯を見下げていたようです。

たとえば紫式部が鰯をあぶって食べたとき、夫の宣孝から「貴族の私たちが卑しい魚を食べるとは何でしょう」と問われ笑われたほどです。

腐っても鯛のことわざは本来優れた身分のものは、おちぶれてもそれなりの貴賓があることをたとえます。

それに対照して中国には、痩死的酪駝馬大のことわざがあります。

痩せて死んだ駱駝(らくだ)は馬よりも大きいの意味で、外よりずっと抜きんでていることを駱駝にたとえました。

鯛には海洋文化、駱駝には牧草文化の発想がある成語だと莫邦富(モーバンフ)著「鯛と羊」に解かれています。

 

海佐知毘古・山佐知毘古の兄弟

古事記には海佐知毘古・山佐知毘古の兄弟の物語が詩情ゆたかに展開します。

兄弟はお互いの仕事を交換しますが、弟の山佐知毘古は兄の海佐知毘古から借りた釣針をなくしてしまいます。

返せとせまられて困っていたところ塩椎神(しおつちのかみ)と出会い、竹の小舟に乗せてもらい塩路にのって綿津見神の宮に着きました。

その海神の宮で赤海鯽魚(たい)の喉から釣針が見つかるというお話しです。

赤海鯽魚とは鯛のこと。

鯽は鮒のことをいい、海にいる赤い鮒のような平らな魚ということになります。

「日本書紀」にも同じ神話があって赤女、赤鯛などの名でも登場します。

神話の釣針はどんな針を想定していたのでしょう。

縄文時代の遺跡からは、鹿の角製でしの字の形で先端には返しのあるものが出土しています。

そこから骨角製のものと想定できます。

現在も形そのものは変わっていません。

 

鯛とご飯

醤(ひしお)酢に蒜(ひる)つきかけて鯛願ふわれにな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)  長忌寸意吉麻呂(ながのおきまろ)

酒なしに喰うべくもあらぬものとのみおもへりし鯛の飯のさいに喰う  若山牧水

 

一首目、「万葉集」には鯛が二首登場しますが、そのうちの一首。

醤と酢に蒜をまぜ合わせ、鯛を食べたいと思うものを、水葱の羹なんかはいらないよと詠います。

詞書に「酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠める歌とあることから、作者の嗜好ではなそうです。

二首目、酒好きの牧水が身体をこわしていたときの歌。

鯛を酒の肴ではなく、ご飯とともに食べたと驚いています。

実は鯛と飯の相性は抜群なのです。

桜前線が通過するころ、漁場はいっそう賑わいます。

産卵する鯛が、内海の浅瀬に群れをなして集まるからです。

この時期のものを桜鯛といいます。

全身が透明感のある赤色を帯び、ところどころ金や青の斑紋が輝いています。

まん丸に見開いた目の上部が青く光り、まるで生きた宝石なのです。

 

みなそこに沈む平氏へ礼しては爺さま正座に魚釣りあげき

 

ありがとうございます

古より鯛のお話しだけでも無数にあるのでしょね。

それは自然をとっても大切にしてきたからでしょう。

古より日本人は大自然に感謝して、共に生きてきました。

しかし現代では自分勝手になり過ぎ、大自然からの贈り物のありがたさを失ってしまっています。

もう手遅れかもしれませんが、まだ、元に戻せるかもしれません。

思いのある人たちから、できることから、これからの子どもたちのために感謝の心を広げていきませんか。

もういいでしょう、文明の発展も、経済の成長も。

なによりも大切なのは、自分を大切にしながら他の人も、自然も目に見えないものまですべてのことに感謝する、「ありがとう」の心ではないですか。

「ありがとう」がもっともっといっぱい溢れるように和の素敵は続けてまいります。

今日も読んでいただきまして、ありがとうございます。

 

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