本「わが心のジェニファ」 浅田次郎著
本「わが心のジェニファ」
ニューヨークに暮らすラリーは、一念発起して恋人のジェニファーにプロポーズ。
ところが彼女は思わぬ条件を出してきた。
「プロポーズの前に日本を見てきてほしいの。休暇をとって。ひとりでゆっくりと」
大の日本びいきである彼女からこう言われたのでは仕方ない。
有給休暇もたまっていたし、彼女との理解を深めるためにもちょうどいいと、ラリーは二つ返事。
ただ心配なのは、ラリーを育ててくれた元海軍提督の祖父の言葉だ。
祖父は日本を目の敵にし、ラリーが幼い頃から「ジャップみたいな真似をするな」と叱っていた。
さて極東の島国でラリーを待ち受けていたものは……?
ありがとうを世界中に
Arigato all over the World
浅田次郎氏が、初めて日本にやってきたラリーの日本滞在を描く『わが心のジェニファー』(小学館)。
ウォシュレットに「スペースシャトルと同じくらい偉大な発明」と感動し、たった15分の遅れを謝るリムジンバスに「渋滞は運転手の責任ではないのに」と不審を感じ、折り返しまでの数分で新幹線の掃除を終わらせた「現場を制圧したSWAT みたい」な清掃スタッフに喝采を送る。
コンビニの品揃えに舌を巻き、懐石料理の量の少なさを嘆き、鉄道の路線図にめまいを覚える。
私たちには当たり前の数々が、ラリーの目を通せばたちまちファンタスティック・ワールドに早変わりだ。
楽しいぞ。
笑えるぞ。
正直に言って、これだけ世界のあらゆる情報がシェアされる時代に、ここまで日本文化を知らないってのも珍しいだろうし、「盛っている」感じはもちろんある。
だが、それでもあざとさを感じさせないのが浅田次郎の「話術」だ。
そしてラリーの反応に「そんなことが楽しいのかよ!」と驚いたり笑ったりしながらも……次第に、考え込んでしまう。
私たちは、日本は、本当にここまでラリーに喜んでもらえるような国なのだろうか?
ラリーが感動した日本のさまざまな技術や文化、歴史。その価値を私たちはちゃんとわかっているのだろうか。
彼の「好意的解釈」を目にするたびに、嬉しさと恥ずかしさが押し寄せる。
ほめてくれてありがとう、でもごめんなさい、そんなに立派な国じゃないかもしれません。
ありがとうございます
そしてあらためて気づくのだ。
守らなくてはいけないこと。
きちんと評価して感謝しなくてはいけないこと。
そんなことが、周囲にたくさんあることを。
ラリーが見た日本は、私たちがよく知っているようでいて忘れていた新鮮な、そして本質的な日本を教えてくれる。
物語は終盤、ラリー自身の問題がフォーカスされるのだが、それもまた国の歴史と文化の物語だ。
本書は決して「異文化体験記」ではない。体験記のふりをした、笑いと涙の日本文化論だ。
読了後、もう一度あらためて自分の周りを見渡したくなる。
そんな物語である。
文=大矢博子
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