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「荒神信仰」とは? 日本国固有の古典信仰(山蔭神斎)

荒神信仰とは

そもそも荒神信仰は、日本国固有の古典信仰であり、役行者、空海が感得した憤怒の形相たる神を彷彿とさせるのが荒神信仰の一般的な姿である。
平安時代に神道の達人であった吉田兼具(よしだかねとも)翁の祓い抄に観える事曰く
「天の神を神と言い、地の神を祇と言い、人の神を鬼と言う」
即ち、荒神とは鬼の神を指すものであり、感情豊かであるがゆえに、ともすれば荒れることを意図するものである。
荒神とは、極めて人の世の近くにあり、私達の生活修行に直接的に影響を与える大切な神様と言える。

笠山荒神社は、日本最古の荒神山の聖地であり、空海は平安当時入山禁止の御神山の閼伽井(あかい)の瀧で修行を積み重ねて、遣唐使留学や高野山設立を荒神の守護により達成している。
後に、笠山荒神より使わされた荒神の眷属を奉り、高野山の隣接山である立里山に鎮め祀ったことが、今や高名な立里の荒神と仰がれて現在に至っている。

名実共に、日本最初最古の元津神を頂く奈良笠山荒神は、生きることの難事を救い、正しき者の座右を助けて「大難を小難に、小難を無難に」成さしめる地霊神であり、“九万八千八百八体”の眷属を従えて、私達の先祖の神格化ともいえる絶大な力を発揮しているのである。
荒神は特に清浄潔斎を好む神ではあるが、本質は温情豊かである。
懐に飛び込むべく、素直に生粋に無邪気な信仰心で参拝を欠かさざれば、如実なる福徳と、修行の向上を得ることは歴史上疑い無い。
憤怒の形相の姿で現れるのは、人々の苦しみや浅はかさ等を知り尽くした神が、人間の弱さを痛む慈悲の極まりである。

修行者諸氏は、先ず年の始めに潔白と生粋の志を誓うべく、日本第一の笠山荒神参詣から始まる事を旨とすべきである。

弥栄

天元流之宮龍王院 琉祖 祥月
山蔭神齋 山蔭員英(表博輝)

 

 

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