神さまをたたえる言葉「ありがとう」
神さまをたたえる言葉「ありがとう」
こんにちは。
日本語の語源辞典というものがあります。
「ありがとう」を調べてみました。
ありがとうを世界中に
Arigato all over the World
有り難し
「ありがとう」の言葉は「有り難し」から来ています。
「有り難し」というのは、存在しにくいこと、という意味で「滅多にないこと」と思っていたのですが、実は「有り難し」というのは「あり得ないこと」「存在し得ないこと」をそう呼んだのだそうす。
「あり得ないこと」「存在し得ないこと」が起きたときに「有り難し」と使ったというのです。
つまり、神・仏が何か「あり得ないこと」を起こしてくれた場合に使った言葉でした。
神・仏をほめたたえ、賞賛する言葉として「ありがとう」「有り難し」「有り難い」という言葉が存在したのだそうです。
そして、それは室町時代以前は人に対して使われることはなかった。
人に対して使われるようになったのは、室町時代以降のことだそうです。
「ありがとう」という言葉が神や仏を賞賛する言葉であった、ということになれば、私たち日本人が日本語として使っている「ありがとう」は、勘違いして人間に対して使っているわけですが、私たちが勘違いをしていようがいまいが、神さまにはどうも関係ないらしいです。
神さまのカウント
神さまは「ありがとう」という言葉が下界から聞こえてきたら、ガバと跳ね起きて、その人の「ありがとう」の回数をカチカチとカウントするようなのです。
ただ「ありがとう」という言葉が地上から聞こえてきたら、神さまは自分に対して向けられた言葉だと認識するようです。
そして、それが五万回とか十万回、五十万回、百万回、一千万回そして一億回というレベルを超えたときに、神はその人にとってうれしく、楽しく、幸せな現象を起こすようになっているように思います。
(文:「そ・わ・か」の法則・小林正観)
一日に何回「ありがとう」って言いますか。
神さまにカウントされてると思うと、何度もいいいたくなりますね。
それでいいと思います。
朝起きたら「今日も朝を迎えられて、嬉しいな。神さま「ありがとうございます」ってこれでいいと思います。
そんなところから「ありがとう」を口にするようになると、いいことがたくさんありますよ。
「ありがとう」の反対は
はい、みなさん、「ありがとう」の反対の言葉は何ですか。
そう、「あたりまえ」ですね。
漢字で書くと「当たり前」。
めったにない何かに当たる、当たってしまう前のことが「あたりまえ」
だから、それは、いつもの普通の事。
そう、いつもの普通のことが「あたりまえ」。
みなさん、どう思われますか。
「あたりまえ」のことが「あたりまえ」にいつもいつも続くこと、これこそが「ありえないこと」ではないかな。
さっきも書きましたが、朝起きたら「おはようございます」と一緒に「この当たり前のことに感謝、ありがとうございます」って思うでしょ。
私は朝起きたら、毎日「ありがたいな」って思ってます。
そう思えると、一日だけを考えてみても、どれだけ「ありがとうい」って思えることありますか。
たーくさんありますね。
そんな、ありがたいことを大切にしてくださいネ。
ありがとうございます
いかがですか。
信じるもよし、信じないもよし。
私は信じますよ。
この文章に加えるなら、怒ったり、怒鳴ったり、人を苦しめたりしたら今までの「ありがとう」の回数が0になってしまうような気がします。
だから、すぐ起こってしまう私の回数は0のまま。
また、一からです。
人間だからしょうがないのかな。
いやいやとんでもございません。
人間だからこそ、この地球上のすべてが幸せな毎日となりますように、いつもいつも心で思うことからで結構ですから「ありがとう」をたくさん思いましょう。
今日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
この星が笑顔あふれる毎日となりますように。
Hope there will be a smile everywhere, every day.
これからの子供たちに幸せな世の中となりますように
Wish the world will be full of happiness with children.
#ありがとうを世界中に
#ArigatoAllOverTheWorld