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惟神(かんながら) 神さまと共に生きる

惟神(かんながら)という言葉をご存知ですか

こんにちは。
私の大好きな季刊誌「WAGO」。
そのWAGO(「和」と神社の幸せ情報誌)第24号に神宮を撮り続けている稲田美織さんのお話が載っていました。
惟神のお話しです。

 

ありがとうを世界中に
Arigato all over the World

 

 

私は12年前、神宮を初めて訪れた時、日本の根幹は祈りであることを感謝した。
日本には四季があり、豊富な水と温暖な気候に恵まれ、国土の約70パーセントは森林である。
しかし、日本は4つのプレートがぶつかる場所に位置しているために、頻繁に地震、津波などの自然災害に直面してきた。
その結果、日本人は長い間、自然に対して敏感であった。
その自然の力の偉大さに畏敬の念を抱き、私たち日本人はその豊かさと災害の両方を自然の力として受け入れてきたのだ。
私たちは、太陽、風、雷、土、山、海、木、川、さらには石などの自然界のあらゆるものすべてに、神が宿ると信じていて、これが自然に対する祈りや畏敬の根源になっている。
その自然に対する畏敬の念は、現在においても、日本人の考え方や哲学に深く長く影響を与えている。

毎年5月に、神宮神田では古式にのっとり、田植えが行われる。
その年の神嘗祭で神さまに捧げる稲を育てるために、地元の奉仕の早乙女達と男衆が、田楽の調べに合せて、昔のままの姿で田植えを行う。
その様子を見ていると、まるで、自分が古の世界にいるように錯覚する。
そして、それは無条件にとても懐かしい風景だ。
天照大御神は天孫降臨の際、孫である瓊瓊芸尊に国民が豊かになるようにと稲穂を授けたが、稲作は日本の天候や国土にとても良く合っていた。
その豊かな稔によって、私たちは生かされて、命を現在まで繋いできたのだ。
また、冷蔵庫をはじめとする新技術によって、あらゆる食料を備蓄できる現代と違い、明日の食料が確実にあるということは、生きる上で、どんなにありがたかったであろう。

(中略)

惟神とは、神々に由来する自然なあり方に従うこと。
自然に即して生きること。
ただ、それは他力本願や依存することではなく、自分の目の前に現われたことを懸命に誠実に行い、その結果を素直に受け入れ、また、その中で最善を尽くす。
そんな日常の繰り返しなのではないかと思う。
神宮に通うようになってから、どこにいても、見えざる大きな存在を感じているような気がする。
それは、とても清々しく暖かい気持ちである。

惟神、それは、私たち日本人がいにしえの時代から育んできた文化と暮らしに根付いた感性なのではないだろうか。
そして、その感性は、私たちの根源に存在しているもので、神道はまさに、その「惟神の道」を私たちにそっと示してくれているのだと思う。

 

そのものが教義であり、教典であり、教祖

 

「惟神」、日本書記の第三十六代孝徳天皇の詔(みことのり)に始めて登場します。
「惟神(惟神は神道(かみのみち)に随(したが)ふを謂(い)ふ。亦(また)自(おの)づからに神道有るを謂ふ。)も我が子治らさむと故(こと)寄させき。」
天つ神の御意志によって皇孫にこの国を治めさせるとおっしゃられた、という文です。
惟神の意味は上記にある「神の道にしたがうこと」「自然と神の道があること」に加えて、「神そのままにて」「神におはするままに」「神意のまま行うこと」など多数ありますが、かっちりと意味が決められているわけではありません。
これは神の摂理にしたがって生きるという意味ですが、この時の神とは大自然そのものを指します。
そして、それが神道の精神なのです。

神道には教義も教典も教祖も存在しません。
それは自然そのものが教義であり、教典であり、教祖だからです。
自然や宇宙は何人(なんぴと)も冒すことの出来ない摂理で成り立っています。
そして、これはすべての森羅万象に偏在する一貫性であり法則でります。
ここに見える世界から、目に見えない世界までをも貫く法則性です。
だからこそ私たちはそこから真理を見出すことが出来るのです。
つまり、自然や宇宙から、人としてのあり方や生き方、また心のあり方さえも、学ぶことが出来るのです。
そして、実際にそうした自然や宇宙から、人の生きるべき道という真理を見出したのが、世界の聖人たちなのです。
たとえばイエス・キリストは荒野での40日間の断食瞑想を通して「この世は愛である」ことを悟り、釈迦もまた同様にして「この世は空であり、慈悲である」ことを悟りました。
このように自然から答えを得るという精神こそが「神ながらの道(惟神の道)」、すなわち神道なのです。
そういう意味ではイエスも釈迦も、特定の宗教の教祖や開祖である前に、自然の摂理から真理を見出すという意味においては、一人の神道家だったといえるでしょう。
私たちも生きている意義は、自然や目に見えるもの、目に見えないことまでから生きる知恵を感得することではないでしょうか。

 

ありがとうございます

 

時間は私たちの都合に関係なく刻まれていきます。
自然は毎年毎年季節を教えてくれます。
私たちは時間と自然と共に生きています。
そんなことを感じることがありますか。
忙しい毎日かもしれませんが「惟神」を大切にしてみませんか。
人生大きく変わるかも。

あらゆる物、あらゆる事にありがとうと思える心を持つことではないでしょうか。
今日もありがとうございます。

 

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(参考文献)
WAGO24号
神社と神道 著:宮本辰彦

 

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