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葉室家 葉室顕時と黒谷金戒光明寺

黒谷金戒光明寺と葉室

黒谷金戒光明寺。
もともと、この地は、平安時代末期、中納言 葉室顕時の別荘があったところ。
顕時は法然上人の師、叡空上人(生年不詳 – 治承3年4月2日(1179年5月10日))と親交があり、幼少の孫(信空上人)を叡空上人に預けると共に、この別荘を寄進していたのでした。
法然上人はこの別荘に一泊する予定でしたが、夕日の美しさに惹かれ丘上に登ると、そこにあった半畳程の大きさの白河石に腰をかけて、念仏を称えたといわれます。

 

 

すると、たちまち紫雲が棚引き、光が四方に満ちました。
この奇跡によって、法然上人は、大石を「紫雲石」と名付け、この地を念仏道場と定めて草庵(後に白河禅房・新黒谷と呼ばれます)を結んだのが、後に現在の金戒光明寺へと発展していきます。
ここには、法然上人の御廟や弟子の信空上人、熊谷直実(蓮生)のお墓があります。
また、幕末、松平容保公が京都守護職を任された時、会津藩の本陣になり、新撰組の発祥の地でもあります。
禁門の変や鳥羽伏見の戦いで亡くなった会津藩士のお墓があります。
(文面:くろ谷金戒光明寺(Cherry Blossoms of Kinkai koumyoji at kyoto)

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